すたんこ日記:2005年5月〜8月

2005年08月10日 00時50分36秒   

あしたは、朝から郷里に戻り、駅からまっすぐ家族の車に乗って母の郷里に向かい、ご挨拶やお墓参りをすることになっています。

母の郷里に出かけると、まず母の里に荷物をおろし、それから歩いて、母の母の里、母の母の妹の婚家にでかけます。久しぶりに戻って参りましたと皆さんにご挨拶をし、お仏壇にお線香をともし、お茶や果物をいただきながら、東京でどんなことをしているのか、歴史の研究とやらは進んでいるのか、お嬢さんに早くめでたい話などは来ないものか、などをゆるゆると話し、ころあいを見て、それでは墓地でまたお会いしましょうと言っておいとまをします。今年は、アメリカに出かけてきたことがどこでも話題になるかもしれません。

昨年は、そのほかに、政所さまのすまいにもお伺いし、政所さまとお話をしてきました。

うまく説明するのが難しいのですが、政所さまというのは、一族でいちばん年をとった女の人をさします。一族で何かを決める時の顧問になったり、なにか相談にのったり、なにか預言のようなことをしたりするのが役割です。いまの政所さまは母の母の姉にあたる方で、息子や孫といっしょに、母の里からすこし山奥にはいった大きな家に住んでいます。リウマチになって、もうあまり動くことはできませんが、まだまだしっかりしておられます。

政所さまと向き合って、きちんとお話をしたのは昨年が初めてのことです。それまでは母がお話をし、わたしは脇にちんと座ってそれをぼんやり聴くだけでした。

政所さまは、わたしの顔と目をひた、と見つめると、おまえがまだ苦労しなくてはならないのは、眺めていてとても心の痛むことではあるが、それがおまえの仕事でもあるのだから、そのように思いなさい、というようなことを優しい顔で伝えて下さいました。早世することなく年をとれば、わたしが何代か先の政所さまになるからなのでしょう。あと何回会えるかわからないから、来年も必ず来るようにと言われているので、きっと今年もお話を伺いに行くのだと思います。

政所さまというのは、いなかに故郷を持つ家々には必ずいるものだと思ってきましたが、まうかめ堂さんにたずねてみる限りそうではないようです。これも慣習として、できるだけ大切にしようと思います。

写真は、ハーバード大学燕京研究所の入り口です。史料のお話を急にすることを頼まれて、助手さんといそいで中に入るところです。

2005年08月08日 23時47分17秒   

昨日は、とても久しぶりに日記を書いたため、写真がいつもより大きくなってしまっておりました。きょうは少し小さめにしてあります。

あさってから帰郷するので(昨日の表記では少し紛らわしくなってしまいましたが、今週の水曜日、つまりあさってにはこちらを発ちます)、きょうは宿題や勉強の本やおみやげを宅急便で送ってしまってから、帰郷のあいだに展示が終わってしまう絵の展覧会を見にでかけました。

この絵の展覧会はホテルで開催されています。毎年この時期になると開催されるもので、ふだんは個人のコレクションだったり会社の調度品だったりする絵を貸していただいてホテルの大きなホールに展示し、入場料はチャリティになります。室内の雰囲気もよく、調度もよく、帰りにおいしいものも楽しむことができるので、毎年の楽しみにしているものです。

今年の展覧会の主題は、女性の肖像画と女性の風俗画でした。出典先のない、つまり個人が所蔵しておられると思われるすばらしい絵画がこれだけあるのは驚きです。藤田の絵が4枚、ルノアールの絵が5枚ほど並んでいるのを、うわあと心で声をあげて眺めました。

入場券を切って下さるところで小さなくじをひいたところ、焼き菓子の詰め合わせを当てました。菓子を引き換えるためにレストランに寄った帰り、ついでに夕ごはんをいただいて帰りました。

そういえば、7月の大きな地震の時には銀座におりました。エレベータがやってこないので8階から非常階段で降り、どこに行こうか少し考えてから、日比谷の大きなホテルに入って帰宅の足の回復を待ちました。めったにないことなので、めったにいただかないものでも食べて待とうと、シャリアピンステーキとプリンをいただいて帰りました。先月と今月は、すこしおいしいものを食べ過ぎた気もします。

写真は、ハーバード大学で買ったある日の昼食です。みっしりと具のつまった生春巻きと、切った果物の詰め合わせ、あとお水をあわせて、10ドルほどでした。

2005年08月08日 01時10分15秒   

 たいへん長いこと、日記を留守にしておりました。そのあいだに、この日記が住み着いているまうかめ堂さんのホームページのひっこしがあり、それによって、もしかしたらこの日記も、どこかべつの日記ツールをお借りして再構成されることになるかもしれません。写真をちょっぴりのせることができ、タグのような用語を知らなくても体裁のととのった文章がのせられる場所がありましたら(ずいぶん虫のよい話かもしれませんが)、お嬢さんはそれで満足であります。

 ことしの夏は、ずいぶん長いこと郷里に帰ることにいたしました。妹がこの夏、3人目のおかあさんになるので、産前産後のお世話と、家族全般の家事を手伝うためです。週明けの水曜日の早朝にこちらを発ち、9月の第1週まで郷里に滞在しております。ハーバードに行くために購入したデジタルカメラを持って帰郷することにしましたので、戻ってからは、少しは毛色の変わった写真が載せられるかもしれません。

 たいへん長く日記を空けておりましたので、その間に起こったできごとも多く、書こうと思っていたこともおぼろになってしまいました。

 思い出したままにいくつか書きますと、次のようなことがありました。

1、ハーバード大学を訪れたおりにお世話になった博士課程の方が夏休みで日本に戻ってこられ、ひさしぶりにお話をしたり食事をしたりしました。

2、勤務先の帰りによくしておりました墓地めぐりですが、暑さと蚊の多さのために中断しております。こちらは、9月に戻ったおり、まとめて書こうと思います。

3、たいへん私事になりますが、これまでアルコールは苦手だと思っていたところが、急に梅酒に目覚めました。また、ワインにせよカクテルにせよ、甘味がついていれば、たいていのものはたいていの分量をいただくことができることがわかってきました。さらに、ちいさなグラスとたいへん甘口の白ワインなどを買ってきて、なめるぐらいの分量をちぃちぃと楽しむことを覚えました。ただ、炭酸のはいったアルコールは苦手のようです。

 とりわけ3、は、近年では大きなできごとでした。思い出してみると、こどもの頃は梅酒の梅をいくつもかじって平気だった覚えがあります。外国のホテルの部屋にあるようなちいさなリキュールなどをそろえてみようか、などと、ひそひそと画策しているところです。

 写真は、ハーバード大学の学寮のひとつであったと思います。日記を書くのも久しぶりなら、写真をページにあわせて縮小することも久しぶりでしたので、もしかしたら大きさがこれまでと少し変わっているかもしれません。

2005年07月02日 22時27分29秒   

つい先ほど、冷蔵庫でつめたくしていただくつもりの紅茶を煮立てていたところ、いちばん最後の段階、ガラスの耐熱ポットの中の煮立った紅茶を冷蔵庫用の縦長のガラス容器に移すさいに、耐熱ポットのふたが外れ、煮立った紅茶をガラス容器を持ったほうの手にじゃばりと浴びてしまいました。

葉がこまかいセイロン種を使っていたので、容器に紅茶を移すためにポットを傾けたとき、ポットのふたに葉が移動してきてしまい、その重みでふたがとれたのだと思います。

うわあと言ってポットを平らなところに置き、冷蔵庫用の容器もシンクに置いたあと、水道をひねってしばらく手を水にあてていました。深刻なようすではありませんが、まだ指や手の甲がひりひりします。

このような思いをすることも一夏のうちに何度かありますが、夏の冷たい飲み物はたいてい紅茶です。砂糖ぬきでこしらえた紅茶を冷やしておき、そのままいただいたり、牛乳やシロップを加えたりしていただきます。

セイロン種の茶葉は、葉がこまかくきれいな色が出るうえ、冷やしたときに色がにごらないのでよく使います。ダージリン種は、冷やしていただくとせっかくのよい香りがあまり出ません。アフリカ種は、当座はよい色が出るのですが、冷やすと濁りが出てしまいます。ですが味がよいので、はじめから牛乳と甘味を加えたカンブリックティーにすることが多いです。中国種は、まだ試してみたことがありません。

きょうは、ほんとうは、このごろ気に入っている散歩の道のりのことを書くつもりでした。ですがいろいろなハプニングが起きてしまったので、それはのちほど書くことにします。

写真は、ケンブリッジで泊まっていた近くの道の案内標識です。道が交差するところには、かならずこのような標識が付いているので、はじめての道でも迷うことはありませんでした。

2005年06月20日 23時29分06秒   

6月の前半は、外国からおいでになるお客さまを迎える準備や、お客さまのお迎えで少し忙しい日々を過ごしました。

6月の後半は、こんどはじぶんが出なければならない会議や、楽しみにしているコンサートに出かけたりする用事で少し忙しくなります。

今週の末には、シュトックハウゼンという方の現代音楽の演奏会があり、その翌日には少し大きな学会があり、その翌日には6月からさせていただいているお仕事のはじめての編集会議があります。それらの前には音楽の予習や会議のデータ作りがあり、それらが終わると会議の結果を書類にこしらえたりしなくてはならないので、あっという間に6月が終わってしまうかもしれません。

その中で、きょうは久しぶりにお仕事が早くひけたので、早く家に戻ってのんびり指輪などをみがいてみました。

手許には、のんびりそろえたティファニーの指輪が10ばかりあります。なにかできごとがあるたびに、自分で(この部分を強調)揃えたもので、大きさもいろいろです。求めた当時は薬指を基準に選んでいたはずのものが、いまでは小指にちょうどよくなってしまっているものもあり、これはなんとかしなくてはなりません。

指輪群のなかでも思い出深いのは、いわゆるバンドリングの形をしたところに小さな石がひとつ嵌めてある指輪です。これは、2年前か3年前、たいへん責任が重く、かつ忙しいお仕事をしていたおり、ひとつの納期が終わるたびにふらふらになってティファニーに這っていき、記念に求めたものでした。

紅石英と、サファイアと、緑柱石の3色の色をそろえたところで、お仕事の納期はともかく完了しました。ですが、わたしのほうもお仕事そのものを退くことにしました。
バンドリングに小さな石を嵌めたペレッティのコレクションには、4色の指輪があります。さいごにダイヤの嵌ったひとつを求めて、これでおしまいにしました。

写真は、ケンブリッジ市のとなりにあるボストン市の海の近くの通りです。写真に写っているレストランは、たいへん有名でおいしい海産物料理のレストランなのだそうです。自由時間に体調を崩してしまったので、ボストンには出かけることがありませんでした。この写真でボストンを偲ぶことにしています。

2005年06月19日 23時08分01秒   

昨日の日記で紹介をした、いとこの夫君の友人ご夫妻の結婚式の写真が送られてきましたので、こちらにのせてみました。なんだか洋風の背景が見えるのは、ちいさな村にあるスポーツとレクリエーションのための施設です。芝生があって写真撮影によいだろうということで、写真屋さんが案内してくれたようです。

6月も半ばを過ぎ、あちこちの家のびわの木がたわたわと実ってきました。傘など手に持っていた日には、傘を逆に持ちかえ、持ち手を枝にひっかけて実をもいでみたい衝動を抑えながらもんもんと歩いています。東京で果樹を庭や街路に植える方々は、なぜ植えておいて収穫をしないのか、不思議でたまりません。

そのため、いい年になってはずかしい衝動に負けないよう、部屋で育てものをすることにしました。昨年は、バジルを種から育てて枯らし、鉢植えを買ってきて植え替えて枯らししていたのですが、今年買ってきたものもバジルです。いかにも丈夫そうな茎が15センチほど伸び、そこに20枚ほどの葉がもっさりと付いていたものが5本ほど1まとまりになって1鉢になっているものを2鉢買ってきました。

今年は、とことん何もしないことにして、ビニールの鉢を2鉢、大きめの鉢カバーに放り込んで様子を見ていますが、1週間がたった現在、枯れることもぐったりすることもなくりんりんと育っています。これは調子よく行くかもしれません。

2005年06月18日 23時06分09秒   

せんだっての日記で少し紹介をした、わたしのいとこの夫君の友人とその婚約者が、昨日、いとこの郷里で結婚式を挙げました。日本で挙式をしたということを書類の上でも残したいということで、結婚式には神主さんが立ち会い、書類にサインをしました。なにか証明書のようなものを作成して日本にあるアメリカ大使館に翻訳して提出し、それをアメリカの役所に提出すれば、アメリカにおける結婚関係の証明書に、日本で挙式をしたということが記載されるのだそうです。わたしも久しぶりに郷里に戻りたかったのですが、仕事が少し忙しく、残念ですが式に参列することはできませんでした。

いとこの郷里は、わたしの郷里から高速道路で一時間ほどのところにあるちいさな村です。お年寄りばかりが多くなってしまった村である上、となり町にすてきな結婚式場があるので、村の中で結婚式が行われるのはたいへんめずらしく、めでたい行事です。稲作の作業が一段落して、村にゆとりができる季節でもあるので、村じゅうの人たちが、いろいろなところで結婚式を手伝ってくれたようだ、と、式に参列した母が電話で教えてくれました。

母の電話によれば、友人ご夫妻の結婚式は、村のちいさな理容室で打ち掛けと袴をつけてもらい、村のちいさな写真館で結婚写真を撮ったあと、村のちいさな神社を式場にして、村でひとりの神主さんが司式をつとめ、村長さんや消防団長さんや校長先生などが来賓として祝辞を述べ、村いちばんの歌うたいが祝歌を次々と歌って行われた、たいへんにぎやかなものでした。写真館から神社までの移動の道中では、外に出ることができる村の人たちが総出になって歓迎をし、式の模様は村のケーブルテレビによって全世帯に実況放送されました。アメリカからいっしょにやってきたご両親たちも、たいへん驚き、かつ喜んでおられたそうです。

ご夫妻は、これから6月いっぱいかけて、日本のあちこちを巡る新婚旅行にでかけます。富士山にのぼったり、京都にでかけたり、皇居マラソンに参加したり、いろいろな計画を立てているようでした。

写真は、ハーバードの自然科学博物館にあった謎の鉱物です。結婚式とはまったくかかわりがなくて、なんだか申しわけありません。結婚式の写真ができてきたら、そのうち掲載しようと思います。

2005年06月17日 21時31分07秒   

6月に入ってから今週にかけては、お客さまが多く、なかなか忙しい日が続きました。

6月のはじめには、ハーバード大学の燕京図書館の方が、アーキヴィストの見習いをさせていただいている片方の研究所においでになりました。燕京研究所では、研究に必要な本を集めたり、研究のお手伝いをしている方々と逢うために、係の方が年に数回日本においでになるのだそうです。5月に出かけて説明をしてきた史料が、実際にどのように保管されているのか見学をしたいというお知らせが届いたので、書庫を掃除してお迎えしました。

今週は、やはりハーバード大学のライシャワー研究所の方がお見えになりました。燕京図書館もライシャワー研究所も、日本や中国などの研究に必要な本や雑誌を収集している場所ですが、ライシャワー研究所は収集のほか、アメリカじゅうの研究者の方々からの問い合わせにも応えているところなのだそうです。やはり書庫を掃除してお迎えしようとしていたのですが、その日の電車が少し遅れてしまい、なにも片付いていない書庫にお通しすることになってしまいました。駅前で配布されているクーポンブックや、夏休み旅行のパンフレットを作業台にそのままにしてお迎えすることになり、たいへん申しわけないことをしてしまいました。

おとといは、アメリカ人と結婚してアメリカにすんでいるいとこの夫君が、友人とその婚約者、およびそれぞれのご家族を連れてやってきました。東京駅までみんなを迎えにでかけ、タクシーに分乗してホテルに向かい、夕食にご案内して、みんなで焼き魚やお寿司をいただきました。

7月のはじめには、5月に発表を聴いてくださっていたハーバード大学の先生が、史料を見に日本まで来て下さることになりました。今度は見苦しいことにならないよう、前日にきちんと書庫を片付け、必要な史料を出しておこうと思います。

外国からおいでになる方をお迎えすることが多くなると、英語がじょうずに話せないことがだんだん申しわけなくなってきました。
年をとってしまうと、きちんとお話をしないと自分がはずかしいような気持ちになってしまい、なかなか言葉が出てきません。せめて、メールのお返事は、伝えたいことをきちんと伝えたいものだと思います。

写真は、メモリアルホールのステンドグラスです。メモリアルホールというのは、学生のあいだに戦争に出かけて亡くなってしまった方々を偲ぶために、クラスメートや先生やご家族が寄付をしてこしらえた建物なのだそうです。きれいな光を突っ立ってながめているお嬢さんが、ちらりと写り込んでいます。

2005年06月10日 00時31分45秒   

きょうは、ショートパスタをチーズドレッシングであえたサラダをこしらえました。このサラダはショートパスタが主たる素材になっているもので、少し多くこしらえておいて冷蔵庫におき、冷たい野菜スープなどといっしょにいただくと朝食のかわりになります。

材料は以下の通りです。
ブロッコリー 1株
種をとってある黒オリーブ 1缶(アンチョビが詰めてあったり、赤ピーマンが詰めてあったりするものより、ただの黒オリーブが好みです)
ショートパスタ 適量(きょうは、ゆであがると恐竜の形になるものを使いました)
クリームチーズ 適量
レモン汁 適量
オリーブ油 適量
ドレッシングに加えたい香辛料類 適量(きょうは、乾燥トマトの油漬を刻んだものと、乾燥バジル、油でかりかりさせたにんにくと塩を使いました)

作り方は以下の通りです。
1、大きめのボウルにクリームチーズをあけ、香辛料と塩を加えてよく練っておきます。
2、よく練ってゆるくしたクリームチーズに、オリーブ油とレモン汁を適量加えてぽてりとさせます。
3、ぽてりとなったところに、輪切りにした黒オリーブを加えておきます。
4、ブロッコリーは少し小房気味に切り分け、少しかためにゆでます。
5、ショートパスタはブロッコリーのゆで加減とは逆に、少しやわらかめにゆでます。
6、ゆだった順でよいので、チーズドレッシングの入っているボウルに、ショートパスタとブロッコリーを熱いまま加え、ざっくりとあえます。
7、熱がとれたら蓋付き容器に入れ、蓋をして冷蔵庫にしまいます。

チーズドレッシングがこしらえてあるボウルに素材を入れてしまうのは、つかう入れ物を
節約しようという魂胆のためです。このとき、チーズドレッシングがこしらえすぎてあると、サラダの味が濃くなりすぎてよくありません。素材と、こしらえたドレッシングの分量とを見比べてみて、アンバランスに気付いたら、あえる前に加減をしてください。

写真は、燕京研究所の裏手にあるちいさな講議棟の中庭です。かわいらしい家ですが、この家は一部屋ごとに教室になっており、少人数の語学や、大学院のセミナーなどはここで行います。

2005年06月08日 00時06分07秒   

日記の場所を置いていただいているまうかめ堂さんのページの主たるコンテンツは、むかしの音楽の音声やスコアのファイル類です。

まうかめ堂さんがこしらえた音声のファイルは、できあがるたびに聴かせていただいており、こちらはおりおり感想などを述べているのですが、わたしが述べる感想はあまり音楽史的なものではありませんで、そのたびにまうかめ堂さんの頭を抱えさせてしまっておりました。

まうかめ堂さんのすばらしいところは、わたしが述べる感想(もしくは突拍子もないリクエスト)に、煩悶しながらもたまに応えて下さることがあるところです。
「これを三味線でやってみて」とか、「これはお琴がいいなあ」などのリクエストに応えてこしらえていただいた楽曲が少し集まりましたので、こちらでささやかに置いておくことにいたしました。

少し以前の日記に書きましたように、すたんこお嬢さんは大学院のころ、和菓子店の和風甘味喫茶部門でお運びお嬢さんをしておりました。音色がどこか和風なのはそのためだと思います。どうぞお聴きいただければさいわいです。

この写真は、ハーバード大学で博士課程の授業に参加させていただいたときの教室の写真です。東アジア専攻の方々が使う教室なので、漢字の本や歴史の本が棚にのせてあります。

2005年06月05日 22時57分13秒   

ロブスターのことを途中にして申しわけありませんでした。

ロブスターとは無関係のことなのですが、6月1日より、昨年度までアーキヴィストの見習いをさせていただいていたもうひとつの研究室でのお仕事に戻りました。研究室を主宰しておられた先生がさいわいに研究費を暢達することができたので、また呼んでいただけることになったためです。

こちらの研究室でさせていただいていることは、昔の人が書いた日記を書き起こしてテキストデータにすることです。研究室の広さの都合でデスクトップ型のパソコンが使えないため、ノートパソコンのちいさな画面と、書見台に立て掛けた原稿を交互に眺めながら、ちこちこちこと文字を入力しています。

この日記は、小さな帳面に7ミリほどの文字で、1日のできごとが長くても3行ほどで書かれています。文字の書き方にもよりますが、ややがんばり気味のペースでいくと、1日にだいたい2か月ぶんを起こすことができます。

ですが、まわりになにかあったりすると、気が散ってすこしペースが下がります。

初日には、起こしかけの画面をそのままにしてお昼にでかけ、お昼をいただいてもどって来たところ、いっしょの研究室でほかの作業をしておられる方がわたしの席につき、なにごとかを入力しようとしているところに出くわしました。同じことをあなたがされたらどんな気分になりますか?と大声を出して席を立ち退いていただいたのですが、生暖かい席に着いて作業をはじめた午後は、どうもあまりよい気分ではありませんでした。

写真は、ハーバード大学のメモリアルホールという建物の地下にある食堂です。この食堂は新入生のためのもので、それ以外の人は立ち入ることができません。ですが、いっしょにでかけた先生が写真をとってきて下さいました。

2005年05月28日 00時40分47秒   

 アメリカに滞在していたのは5日間ですが、飛行機に乗っているぶんもあるので、ケンブリッジに滞在していたあいだにいただいた夕食は4回ということになります。

 朝ごはんはB&Bでいただくことができますが、それ以外のごはんは自前ということになっていましたので、あまりお小遣いを持って行かなかった身の上としては少し心配でした。ですが、実際にはハーバード大学の研究所の先生がたがいろいろ夕食を招待してくださり、おかげさまで心細い思いをすることはありませんでした。

 写真は、大きな発表をひかえた前の日に、発表会を主催していただいた研究所の先生が連れていって下さった海産物料理店でいただいたロブスターです。バターを入れたお湯でゆでてあるので、色つやがよくうつっています。これはおそらく「サイズ2」という大きなもので、わたしにはそれより少し小ぶりな「サイズ1、5」を頼んで下さいました。
 いっしょにうつっているのは、つけ合わせの茹で野菜と茹でとうもろこし(これはおなかがいっぱいで残してしまいました)とフレンチフライです。

 ケンブリッジやボストンを含む地域は、アメリカではニューイングランド地方と呼ばれるそうで、魚介類がおいしいのだそうです。この海産物料理店では、このほかに素揚げにした牡蠣と蛤、およびクラムチャウダーなどもいただきました。

 海産物料理店に招待してくださった先生は、昨年の夏に、わたしがアーキヴィストの見習いをしている研究所を訪れてくださった方です。研究所が所蔵するいろいろな史料が、先生にとってはとても興味深いものであったようで、ぜひハーバード大学に来て、じぶん以外の先生や学生にも、研究所のことや研究所所蔵史料のことを説明してほしいということで、わたしもケンブリッジに連れて行っていただくことができたのでした。

 アメリカに出かけるまでの縁起を書いていたら、ロブスターについて書くまでに至りませんでした。これは改めて書こうと思います。

2005年05月25日 21時58分22秒   

 きょうは、今年の3月までアーキヴィストの見習いをさせていただいていた研究室に、またお世話になりますというあいさつにうかがいました。

 あたらしい場所に移った研究室は、こんどはたいそう賑やかな街の中にあります。賑やかな、というよりは、夜など少しぶっそうな感じもします。建物はもちろん新しくてぴかぴかですが、ちょっと建築が斬新すぎて、何度も道に迷って研究室にたどりつきました。

 先生はかわらずお元気でおられたので、お久しぶりですというごあいさつと、このようなわけでアメリカまでお話をしに出かけましたという報告をしました。先生もハーバードに出かけられたことがあるそうなのですが、その頃は、日本研究でたくさんの成果をあげられ、研究所にそのお名前が残されたライシャワー教授がまだお元気であったのだそうです。

 新しくすることになった仕事は、日記を書き起こすことです。日記を書き起こすことはこれまでも続けてきましたが、今度の方は前年度の続きではなく、あたらしい方です。むかし、政党の中でとても活躍をされておられた方なのだそうです。

 写真は、発表のあと、研究所の方々が催してくださったレセプションディナーのしめくくりのあいさつをしているところの写真です。発表を終えて出汁殻状態になったすたんこお嬢さんが、惚けたような顔でお話を聴いている姿がぼんやり映りこんでいます。

 テーブルにたくさん並んでいるグラスはお酒のグラスではなくて、シャーベットと木いちごを盛り合わせたデザートのうつわとして使われたグラスです。ふちにグラニュー糖がまぶしてあって、なめようとしたのですがなんとなくできませんでした。

2005年05月23日 21時54分21秒   

先週の金曜日には絵の展覧会にでかけ、土曜日には研究の会を聴きに出かけたりしていて、少し日記をお休みいたしました。

絵の展覧会は、国立西洋美術館で開催されているラ・トゥール展です。もうすぐ会期がおしまいになるためか、金曜日の午後でもたくさんの方が絵を見ておられました。この展覧会のために作成された目録は、画像もそうですが、書誌データが省略なくたいへん詳細に記されており、とても勉強になるものでした。

土曜日の研究の会では、久しぶりにいろいろな方と会うことができました。

この写真は、滞在していたB&Bの朝ごはんです。ウェブサイトに「元気が出る朝食」と紹介されていた、あの朝ごはんです。到着した次の日の早朝の、まだあまり食堂に人がいない時に撮影しました。ベーグルについているちいさなカップの中には、バジル風味のクリームチーズが入っています。

この分量はじぶんには少し多すぎたのか、この日の夕方から少し体調をくずしました。次の日からは、食パンにヌテラ、とか、バナナとシリアル、など、もっと軽い朝食をとっていました。

2005年05月19日 22時24分52秒   

きょうは、いっしょにハーバードに出かけた先生から滞在のおりの画像をいただきました。

これで、みんなで撮った画像が集積できたことになります。きょういただいた画像を撮ってくださった先生は、いっしょに歩いていてふと姿が見えなくなると、写真をとりたい場所にきちんと立って、きちんとアングルを決めて写真をとっておられたので、画像もすてきなものばかりでした。
家族に写真を追加して送ろうと、紙焼きをまたお願いすることにしました。

それにひきかえ、食べ終わった機内食のトレー(いただく前に撮るのを忘れていたので、しかたなく食べ終わったものを撮りました)やら、寝乱れて微妙にしわりとしたシーツをそのままにしたベッドやら、殻入れバケツのなかのロブスターの殻やらを撮っていたわたしの選択眼は何なんだろうかと思います。

ずっと以前、父親のかわりに中国にでかけたおりも、故宮に置かれてあるあらゆる像、たとえば大理石でできた獅子やら銅でできた亀やらの後ろ姿や腰まわりばかりを撮って帰り、家族に叱られたことがあります。
でも、正面の姿やかっこいい姿は、じぶん以外の誰かがきっと撮っていると思うのです。

この写真は、これまでも何度か写真を載せているファカルティクラブの玄関を入ってすぐのロビーです。だんろの上の絵が好きでじぶんでも写真をとったのですが、あかりが弱く写っていなかったものをきょういただいたものです。

だんろには、夜になるとちゃんと火が入っていました。また、奥のピアノは120年近く前のスタインウェイで、今でもきちんとよい音がしますということでした。

2005年05月18日 21時26分01秒   

きのうの体調不良は、時差ではなく、研究所の助手さんの風邪が感染したものであるような気がしてきました。なぜなら、外国にでかけていない研究所の方々も、次々に体調を崩しておられるからです。それでも、いろいろな意味でお仕事はしなくてはいけませんので、きょうはお昼近くからのろのろとでかけました。

ずっと以前、アーキヴィストの見習いをさせていただいていた研究室が引っ越しによってなくなってしまったことを書きましたが、その後の目処がついたようで、きのう、よろしければまたお手伝いにきてくださいというメールが届きました。規模はずっと小さくなりましたが、それでも意義のある作業を続けさせていただけるのはとても嬉しいです。

こちらとは別に、来月からおそらく2週間に1回、とある新聞社にでかけてお仕事をすることになりました。オフィスは銀座にあります。

写真は、ボストン美術館の青銅器です。
せんだって掲載いたしましたスチームボールは、画像をいただいた先生から、ボストン美術館ではなく、ハーバード大学のサックラー美術館のものであるとの訂正をいただきました。サックラー美術館の青銅器は、ボストン美術館の青銅器よりも時代が古いものが多いのだそうです。

時代考証などという次元とはまったく別に、わたしは、なんといいますか、3本の脚の生えた青銅器のデザインがなんともいえず大好きです。3本の脚を千鳥足に動かしてこっちに向かってきそうな感じがしません........か。
この容器など、むっくりした胴体にぴゅうとした口が生えていて、ちょっとなまめかしい感じです。

2005年05月17日 22時23分28秒   

なおっていたはずの時差が、身体のなかでなかなかとれません。きょうはどうしても起きることができず、たいへん申しわけないのですが、お仕事をお休みしてしまいました。いつまでも見習いのままではいけないなあと思うのですが、身体の弱いアーキヴィストというのは肝心の時に力になれないのが申しわけないところです。

写真は、ケンブリッジ市に滞在していた時の街中のようすです。滞在のあいだ、お天気はずっとよいお天気で、春の草花が一面に咲いたすばらしい日々でした。写真でも、咲きかけの藤の花、紅色の花水木の花、そろそろ散りはじめた大手毬の花、すこし咲いているリラの花などが確認できると思います。

この写真にはまた、こっそりすたんこお嬢さんが写りこんでいます。改まったところに見学にでかけるので、スーツなど着込んでいますが、よく眺めると手足が同時に出ていることに自分で気付きました。これはどういうことでしょう。

2005年05月16日 22時05分21秒   

アメリカ時間の5月3日は、夕方まで自由行動の日でした。いっしょに報告をする他の先生と、今回の旅の団長にあたる研究所の所長の先生は、地下鉄に乗ってとなりのボストン市にでかけ、中華街を歩いたり、ボストン美術館を眺めたり、すこし遠出をして大西洋の海を眺めたりと、とても楽しい時間を過ごされたとあとでうかがいました。

ですが、わたしのほうは前日にひどく身体の具合が悪くなり、昼下がりあたりまでB&Bのベッドでうんうんしていました。時差やらストレスやら緊張やら飛行機酔いやら、さまざまな要因が重なったものと思われます。ケンブリッジに着いてから、徒歩以外の手段でどこかにでかける機会は、わたしはまったく持つことがありませんでした。

写真は、ボストン美術館の所蔵品です。ボストン美術館で写真を撮って帰ってきた先生から、画像のデータをいただきました。ボストン美術館は、写真を撮ってもよい部屋と写真をとってはいけない部屋があり、これは写真を撮ってもよい部屋にあったのだそうです。

ボストン美術館のデータ、というフォルダをいただき、わくわくと自宅のパソコンであけてみると、入っていたのはすべて中国の青銅器や石彫製品の写真でした。印象派、とか、ルネッサンス、とか、日本美術、とか、そういうものは1枚もありません(アフリカの彫刻が1枚あったような気はしましたが)。アングルも、碑文や脚の形の接写など、とても専門的なものばかりです。専門家の先生が注目する場所は、やはり違うのだなあと感心しました。

この写真は、いろいろな青銅器の写真のなかでもなんだかふしぎな形をしたものです。まうかめ堂さんが「スチームボール」という名前を付けて下さいました。

2005年05月15日 21時17分04秒   

ハーバード大学にいちばん近い空港は、ハーバード大学のあるケンブリッジ市のとなりのボストン市にあるローガン空港です。

ローガン空港には国際線も離発着しますが、日本からローガン空港に直行する飛行機は、チャーターでもしない限りありません。アメリカのどこかで乗り換えるか、カナダで乗り換えをする必要があります。

このたびの旅行では、往復の飛行機はノースウエスト航空でした。成田空港から、まずデトロイトにあるメトロポリタン空港まで飛び、そこからローガン空港行きの国内線に乗り換えました。メトロポリタン空港は、ノースウエスト航空のアメリカにおける拠点空港なのだそうです。以前、家族でインディアナに出かけた時はデルタ航空に乗ったのですが、その時はアトランタで乗り換えをしました。アトランタ空港が、デルタ航空の拠点空港であるためです。

成田空港からメトロポリタン空港までは12時間と少しで、メトロポリタン空港からローガン空港までは2時間30分ほどです。帰りの便は、たぶん風向きの関係でこれより少し時間がかかります。

写真は、メトロポリタン空港で入国審査を終えたあと、国内線の搭乗手続きを待っているあいだに撮りました。入国審査に時間がかかるのを考えて、乗り継ぎの時間を4時間もとっていたのですが、あまり時間がかからず審査が終わったため、ここでずいぶん待ちました。写真の時間は、アメリカ時間の午後3時ぐらいです。

メトロポリタン空港は、たくさんの搭乗口が横一直線にずらりと並ぶ形をしています。建物がとても長いので、建物のなかにケーブルカーが通っており、それに乗って移動します。建物の中に列車のようなものが走っているのがなんだか不思議だったので、写真をとりました。

2005年05月14日 23時10分21秒   

きょうは、日本に戻ってきてから
はじめての合唱の練習に出かけました。

先週は、マタイ受難曲の独唱者の選考会が
あったため、通常の練習はお休みでした。
日本に戻る日にボストンの空港で買った
ロブスターの色と形をしたグミキャンディを
持って、のそのそ出かけたしだいです。

独唱者が決定した曲は、独唱とあわせて
練習ができるようになったので、だいぶん
感じが出てきました。

グミキャンディは、色と風味と、なにより形態のためか、合唱団の方々にはなんとなく不評
のようでした。ですが、なかにお一人、グミキャンディが何より好きという方がおられた
ので、残りを全部持って帰っていただきました。白い皿に青海苔など敷き、並べてみたり
するのでしょうか。

写真は、きのうの日記に書いた、発表を聴きに来てくださる方のための食べ物や飲み物
です。写りのよい写真があったので追加いたしました。

2005年05月13日 22時53分39秒   

きょうは、デジタルカメラの画像の紙焼きが
届きました。フィルムと違い、ほしい画像
だけを紙焼きすることができるので、
デジカメは便利なものだと思います。

できた紙焼きと、ハーバードからいただいた
クリスタルの文鎮をもって、きょうは午後
から学校にでかけ、大学のおりの指導教官の先生にアメリカでのことをお話しました。

先生は外国での発表を何回か経験されておられるので、外国で、外国の方々にお話をする
時の注意を事前にくわしく伺っていました。たとえば、会場の方々や発表の機会を与えて
下さった方々にまずお礼を述べること、とか、与えられた時間は余らせても超えても
いけないこと、とか、とりわけ時間を超えることはいちばんよくないこと、とか、大きな
声でゆっくりお話しなさい、とか、などです。

先生はまた、わたしがアーキヴィストの見習いになろうと思ったいろいろなきっかけを
下さった方でもあります。文鎮はいただいたものですが、はじめての大きな発表をつつがなく終えることができたお礼として、先生にプレゼントすることにしたものでした。
喜んでいただいたようなので何よりでした。

写真は、ファカルティクラブという建物の二階にあるライブラリールームという場所
です。発表はここで行いました。お部屋の調度を整えて下さったおばさまのうしろに
並んでいるのは、発表を聴きに来てくださった方が自由にいただくことができるように
してある飲み物や食べ物です。グラスがたくさん並んでいますが、お酒はもちろん
置いてありません。お水やソーダ水、ジンジャーエールなどです。おばさまの後ろに
なっているテーブルには、フルーツポンチや果物なども並んでいました。

発表をする人のためのテーブルには、お水の入った水差しとグラスしかありません。
うしろのテーブルに並んでいる果物がとてもおいしそうだったので、発表のあとで
こっそりつまんでいただきました。

2005年05月13日 00時24分28秒   

たいへん長く日記をお休みしておりました。

5月1日から5月5日まで
(日本に着いたのは5月6日でした)、
アメリカ・マサチューセッツ州
ケンブリッジにあるハーバード大学に
用事があって出かけていました。

時差によるいろいろな症状もほぼおさまり、
奮発して買ったデジカメの画像も無事に
ハードディスクに移動させることができ、
そこから選んだ200枚近くの風景や人物の写真の現像の申し込みもすませました。
これはおみやげのかわりに郷里に送る予定です。

だいたい落ち着いたので、少しづつ、旅行のようすと、どのような用件をしてきたのか、
こちらに書こうと思います。
旅行のようすも用件のことも、思い出したことを書くので順序はまちまちになるかも
しれません。

きょうは、かんたんな画像編集ソフトを使って、撮影した画像を、日記の欄の大きさに
合わせてすこし小さくする作業を試してみました。
横を300、たてを225に合わせて小さくしたのがこの画像なのですが、まあ
だいじょうぶでしょうか。(かんたんな色調整やノイズの除去は、自動でしてくれるようです)

この写真は、ケンブリッジで泊まっていたB&Bの客室です。
この部屋には初日に1泊しましたが、予約の条件であったバスタブがついていなかった
ので、次の日に別のお部屋に替えていただきました。


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