6月15日 (木)  パパ・ロンのこと

いとこの義父はロンといい、テネシー州の州立大学で歴史学を教えています。専門はアメリカにおけるキリスト教伝道の歴史で、聞き書きをまとめた緻密な大著を何冊か著しておられます。

いとこの義父母は、いとこの夫がちいさなころに別居をはじめ、長い間別居を続けたあと、正式に離婚をしました。現在、ロンはあたらしいパートナーのシャロットと暮らしており、義母も、同居はしておりませんが、あたらしいパートナーのアーニーの家と自分の家を行き来しています。義母とアーニーは大学院の先輩と後輩で、長いあいだともだちであったのち、よいパートナーになったのだといとこが教えてくれました。

何日か前の日記では、お嬢さんが、「村方親戚」に関する英語の説明をアメリカの親族にすることになった時のことを書きましたが、そのおり、お嬢さんの説明をふむふむと真面目に聴いて下さったのはロンでした。お嬢さんのことをよほど強烈に憶えていて下さったのでしょうか、今回の旅行では出会ってすぐ、お嬢さんを抱き締め両頬に「ちう」をして、またいろいろストレンジかつインタレスティングな話ができるのはとても嬉しいよ、と大変喜んで下さいました。

そのようなわけで、旅行のあいだじゅう、自動車での移動のたびに、お嬢さんはロンの車にシャロットと乗り、いろいろな話をしました。

お嬢さんの英語はたいへん拙いのですが、ロンの会話のスピードや語彙に手加減はありません。明治期の日本におけるキリスト教伝道はどうだった?とか、メリーランドはテネシーよりガソリンが高い気がするねえ、とか、適量のベーキングソーダを飲むことは胃腸のためにいいんだよ、とか、テネシーに日産の大きな工場ができたから、ぼくの大学にも日本人がずいぶん増えたし、日本語を選択する学生も増えた気がするね、とか、間断なく続く会話に何とか答えているうち、お嬢さんの会話力はそこはかとなく向上したように思われます。

基本になる語彙にいくらかの共通点のある人とは、少しは気楽に話ができるのかもしれません。

写真は、いとこの義姉のパピアが焼いてくださったバタータルトです。地味な色合いでふぞろいな形をしていますが、とてもやさしい、滋味のある風味です。

アメリカを発つ日、パピアはおみやげに、と、大きなクッキーの缶にみっしり詰めたバタータルトをお嬢さんに下さいました。パッキングを済ませたトランクに缶の入る余裕はなく、苦労して持ち帰ったのですが、これは何よりのおみやげでした。惜しみ惜しみいただいているので、部屋にはまだ、タルトがすこし残っています。

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