2月27日 (火)  犬の時代の終わりのこと

ちょうど半月近く前、お嬢さんが、今従事しているあたらしいアーキヴィストの見習いの仕事のセットアップを終えて家に帰る道を歩いていると、むぅちゃんのままが、自転車の籠にむぅちゃんを入れ、自転車を押してぺぇちゃんの家の前に向かっているところに出逢いました。

むぅちゃんもぺぇちゃんも、ともにパグという種類の犬です。

ぺぇちゃんの家には、昨年までがぁちゃんというもう一匹のパグがおりましたが、年を取って天に帰ってしまいました。また、ぺぇちゃんも今年のお正月、ぺぇちゃんの飼い主一家が旅行に出かけているあいだに、獣医さんのところでひとりで天に帰ってしまいました。

お嬢さんがくらしている家の階下には大家さんが住んでおられますが、大家さんの家にも、むかし、マリヤという毛の長い犬が飼われていました。そのころ、前の家にはコロという雑種がおり、隣の家にもエルという日本犬がおりました。

お嬢さんがこの家で暮らそうと決めたのは、部屋の案内にずっとついてきてくれたマリヤがとても気に入ったからでした。大家さんはとてもよい方で、マリヤを部屋に連れて行くことを許して下さいましたので、お嬢さんはときどきマリヤを借り出し、なかなか言い出せない相談ごとなどを打ち明けたりしていろいろなことをのりきって暮らしていました。

マリヤは、お嬢さんが研究論文を書いているころ、16才とすこしで、難しい血液の病気にかかって天に帰りました。ちいさなお葬式に参加したところ、真珠を散らした美しい宝石箱をいただき、それはお嬢さんの宝物になっています。

翌年にはコロが天に帰りました。みんなで出かけていた犬の散歩は、犬より飼い主(および元飼い主)の人数が多くなり、そのうち、もう歩けなくなった犬たちを大きな乳母車に載せ、みんなで押して歩く会に変わりました。

昨年のある日の朝、お嬢さんが通勤の道を歩いていると、犬たちを載せていた藤製の大きな乳母車が不用品回収に出されていました。がぁちゃんが天に帰ったあと、悲しんだがぁちゃんの飼い主が、がぁちゃんに関するすべてのものを外に出してしまったことを大家さんから伺ったのはすこし後のことです。

がぁちゃんが天に帰ってすぐ、天気のよい日には外に出ていたエルの姿が何日も見えなくなりました。心配になって大家さんにたずねると、年をとって癌にかかっていたエルもまた天に帰っていったことを教えて下さいました。

ビーグル模様が年をとって霜降り模様になっていた姿を思い出します。

そのようなわけで、お嬢さんが出逢ったとき、むぅちゃんはこの通りでもうたった一匹の犬になっていました。

むぅちゃんの飼い主は、お嬢さんを見つけると、むぅちゃんは心臓がすっかり弱ってしまって、もう長くはないと思うから、いま、さようならの意味であちこちを廻っているの、あなたもお別れの意味でちょっと撫でてやってくれないかしら、とおっしゃいました。

立ち上がることも鳴くこともなく、籠の底で大きな眼を開いてこちらを見たままちいさな息をするむぅちゃんを撫でて、お嬢さんは家に帰り、すこし長く祈りました。

おととい、宅急便を引き取りに大家さんをたずねたおり、思いきってむぅちゃんのことをたずねると、大家さんは、むぅちゃんが入院先で天に帰ったことを教えて下さいました。

お嬢さんがむぅちゃんを撫でた日、むぅちゃんは縁のあった方々のところを廻って挨拶をしたあと病院に入り、そこで息をひきとったということでした。

これで、お嬢さんがこの家に暮らすようになってから友達になった犬たちはみんないなくなってしまいました。どの家でも、もう犬は飼わないということなので、なにか淋しい気持ちがします。

写真は、大家さんの家の居間でのんびりしているマリヤです。

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