Sumer is icumen in 『夏は来たりぬ』

ここでは、中世イングランドの有名なカノン Sumer is icumen in 『夏は来たりぬ』(1280年頃 - 1310年頃)について説明いたします。

●楽譜と音楽

まずは写本の画像を。London, British Library, MS Harley 978, f. 11v.

Sumer is icumen in

※画像をクリックすると別窓でこの画像を開きます。
※※ 上記のBritish Library のパブリックドメインの画像を転載

これは6声の曲で、Rota と呼ばれるカノンの一種です。 上4声はカノンを為し、下2声は Pes (=foot)と呼ばれるオスティナート声部です。

上4声は楽譜の上五段を順番に歌っていきます。 最初の声部が歌いだし、楽譜の一段目の(半分より少し前にある)赤い十字のマークのところに来たら次の声部が歌いだします。そして以下同様です。

下2声は楽譜の下の二段を始めから終わりまで必要なだけ繰り返します。 これも短いカノンを為していることがわかります。

実際に鳴らしてみるとこんな感じになります。

※上の mp3 plugin の使えない方は、次からどうぞ。 [mp3], [MIDI]
※ついでに Transcription (楽譜)もどうぞ。 Transcription: [PDF], [PS]

●詞について

さて次に詞ですが、上4声のカノンには二つの詞が付けられています。 上段の黒い字で書かれた詞が "Sumer is icumen in" 『夏は来たりぬ』で、中英語で書かれています。これは夏(初夏)の到来を喜ぶ世俗的な内容の詞です。

下段に赤い字で書かれているのは "Perspice Christicola" 『見よ、キリストの賛美者よ』というラテン語の詞で、宗教的内容を持ちます。 このように、既存の曲に別の詞が付けられること(要するに替え歌)は contrafactum と呼ばれています。

さて、その詞の意味ですが、 次のサイトに詳しく説明されています。

ここの記述にしたがって、テクストの訳を付けてみたいと思います。

まずは中英語の詞と Pes から。

中英語の詞
Sumer*1 is icumen in夏は来たりぬ
Lhude sing cuccu.高らかに歌えクックー
Groweth sed and bloweth med,種は育ち草は繁り
And springth the wde nu.今、木は葉をつける
Sing cuccu!歌えクックー
Awe bleteth after lomb,雌羊は子羊のあとでメーと鳴き
Lhouth after calue cu.雌牛は子牛のあとでモーと鳴く
Bulluc sterteth, bucke uerteth,*2去勢牛は踊り跳ね、雄ヤギはおならする
Murie sing cuccu.楽しく歌えクックー
Cuccu cuccuクックー クックー
Wel singes thu cuccuあなたはよくクックーと歌い
Ne swik thu nauer nu今は決してやめない

Pes
Sing cuccu nu. Sing cuccu.クックーと歌え、今、クックーと歌え

註:

*1 Sumer
詞の内容からすると夏というよりも春という感があり、実際に春と訳している人もいます。上のサイトによると中英語の Sumer は現代の Summer より広い時期を指すようです。 さしあたり「初夏」ぐらいに思っておいてよいのではないかと思います。 [Back]

*2 bucke uerteth
これは専門家でも意味が確定できないようです。 bucke を現代英語の buck (牡鹿)の意に解しているケースが多いようですが、ここでは上のサイトに従い、中英語の bukke (=billy-goat)との絡みで「雄ヤギ」としました。 uerteth についてはWPWT:Sumer is icumen inを参照下さい。 [Back]

次にラテン語の詞です。

ラテン語の詞
Perspice Christicola que dignacio.見よ、キリストの賛美者よ、何という尊重
Celicus agricola pro vitis vicio*3天の農夫がブドウの過ちに直面して
Filio息子を
Non parcens exposuit mortis exicio惜しまずに、死の試練に曝した
Qui captivos semivivos a supplicio彼は生という罰にある半死半生の囚人たちを許し
Vite donat et secum coronat in celi solio彼らに彼自身とともに天の玉座において冠を戴かせる

註:

*3 Celicus agricola....mortis exicio
老婆心ながら少し説明します。 "Celicus agricola"(「天の農夫」)とは神のことで、"vitis" 「ブドウの」の「ブドウ」とはその収穫物=生産物である人間のことです。"filio" (「息子」)はもちろんキリストのことです。 したがって、ここの意味は、「天の農夫」たる神がその収穫物である人間たちの誤ちに直面し、一人子イエス・キリストを、惜しむことなく受難させた、ということになります。 中英語の詞の "Sing cuccu!" にあたる部分にちょうど "Filio" が来るようになってるというのは、よく出来てるな、と思います。 [Back]

なお、Pes にはラテン語の詞は付けられていませんが、Hilliard Ensemble は "Ressurexit Dominus" と歌っているので、transcription にはそのように詞を付けてあります。 これは推測ですが、ラテン語の詞と関係するグレゴリオ聖歌から取ったのではないかと思われます。


次に、楽譜の中段あたりに黒線の枠で囲われている文章の訳です。 この一文は歌い方の instruction です。

中段の説明書き
Hanc rotam cantare possunt quatuor socij. A paucioribus autem quam a tribus uel saltem duobus non debet dici, preter eos qui dicunt pedem. Cantatur autem sic: Tacentibus cetertis*4 unus inchoat cum hiis qui tenent pedem. Et cum uenerit ad primam notam post crucem, inchoat alius, et sic de ceteris. Singuli uero repausent ad pausaciones scriptas et non alibi, spacio unius longe note. この rota は四人で歌うことができる。 しかしながら、三人より少ない人数、少なくとも二人で歌うべきではない。 ここで "pes" を歌う者たちは除いている。 そして、これは次のように歌われる:他のものが静かでいるうちに、あるものが、"pes" を歌う者たちとともに始める。 そして、彼が十字の後の最初の音に来たら、もうひとりが歌い始め、他の者たちも次々にそうする。 各人は、書かれた休符の場所でちょうどロンガ一つ分休むべきである。他の場所で休んではいけない。

註:

*4 cetertis
cetertis は間違いで、おそらく ceteris (ceterus = the orher の奪格複数形)のことと思われます。 [Back]

最後に下二段の "Pes" に赤い字で付された注釈です。

上の Pes に対する注釈
Hoc repetit unus quociens opus est, faciens pausacionem in finem.*5 一人が必要なだけ何度も繰り返す。終わりに休符をとりながら。

下の Pes に対する注釈
Hoc dicit alius, pausans in medio et non in fine, sed immediate repetens principium. もう一人がこれを歌う。終わりでなく真中に休符をとりながら。しかしすぐに始めを繰り返す。

註:

*5 finem
細かいことですが、finem (対格)でなく、fine (奪格)が正しいと思われます。 [Back]

●成立年代について

このカノンは従来1240年ごろ作られたとされてきました。 そしてこの曲はしばしば「世界最古のカノン」と見なされ、そのことが英国民の誇りでもあったようです。

皆川達夫先生がどこかで書かれていましたが、London, British Library で、他の写本は簡単に閲覧させてくれるのに、この MS Harley 978, f. 11v だけは閲覧の手続きがだいぶ面倒だった、とのことです。 それだけ大切に保存されているということのようです。

しかし、(大陸の研究者による)その後の厳密な実証研究により、1280年頃から1310年頃のものであることが明らかになりました。 この修正を不服に思う英国の研究者はあれこれ理由を付けて1240年説を固持しているそうです。 したがって、英国で書かれた文献には今でも「1240年頃」と書かれているものが多いようです。 例えば、上記のサイトも「13世紀中頃」とされていますし、New Grove にさえ1250年頃とはっきり書かれています。 少し前のものになりますが、Hilliard Ensemble のディスクの解説もしっかり "around the year 1240" と書かれています。

●記譜とリズムについて

Carl Parrish: The Notation of Medieval Music には、このカノンの記譜とリズムに関する議論が紹介されています。 ここで、それを少しまとめてみたいと思います。

先ず注意すべきなのは、写本をよく見ていただくとわかるように、この楽譜には加筆、修正の後があるということです。 すなわち、いくつかのダイアモンド型◆の(セミブレヴィスみたいな)音符は四角く修正され、縦棒が付けられ "ロンガ" にされています。

この修正をどう見るかについて、いくつかの見解があるようです。

H.Wooldridge は、「これはモーダル記譜法から計量記譜法への書換えである」と言っています。(多分 Oxford History of Music, 1901. ふ、古い)

一方、M.Bukofzer は修正前の楽譜も計量記譜であったと考えています。 すなわち、この修正は「記譜法の書き換え」ではなくて、「二分割のリズムから三分割のリズムへの変更」だと言っています。 (多分 M.Bukofzer, 'Sumer is icumen in', a Revision, 1944.)

彼は、修正する前の original version を復元するとそれはシラビックなモーダル記譜法に本質的である「音符の形がブレヴィスとロンガの区別を与えない」という特徴を持っていないことを指摘しています。 逆に、original version のロンガは consistent にロンガとして扱かわれており、一方ダイアモンド型の音符はそれがブレヴィス(二つでロンガ一つ分)であると理解するときにのみ意味を持ちます。

これに従い original version の transcription を作ると次のようになります。

binary version

これの MIDI と transcription も作ってみました。

この binary version も実際に鳴らしてみるとなかなか面白いですね。