モーダル記譜法の解説1

モーダル記譜法で書かれた楽譜の例

まずは楽譜の実例を見ていただくのが良いと思います。モーダル記譜法で書かれた楽譜は次のようなものです。

Peroin: Alleluia Nativias

※Wolfenüttel 1099(1206), f.16, ペロタン作とされる Alleluia Nativias. スペイン語版 Wikipedia のPerotinの項にある画像(パブリックドメインにある)を転載。 画像をクリックすると別窓で開きます。

これはペロタン Perotin の作とされるオルガヌム Alleluia Nativias です。 楽譜はスコア形式で書かれており、3声が縦に並べて書いてあります。一段の線の数はおおむね五線ですが、四線や六線になることもあります。

音符は、グレゴリオ聖歌の楽譜で用いられた(角型の)ネウマがそのまま流用されました。 単独で用いられる音符は黒い四角で表されますが、それには二種類あり、四角そのままのプンクトゥス punctus [Punctus]と、右から下に縦棒が出ているヴィルガ virga [Virga]があります。

プンクトゥスとヴィルガは、それぞれ、後の時代のブレヴィスとロンガと同じ形をしていますが、もともとは音の長短とは関係ありませんでした。 [Kanazawa]によると、声を張り上げて歌うときにヴィルガが、声を落として歌うときにはプンクトゥスが用いられたといいます。 ただ実際のノートル・ダム楽派の楽譜においては、ヴィルガが長めの音に用いられている例が見られます。

一つのシラブルに複数の音を当てて歌うメリスマ部分では、聖歌と同様、リガトゥーラ ligatura と呼ばれる連結された音符が用いられます。

[ligatura1] [ligatura1]

※このほかにもプリカ plica と呼ばれる装飾音符や、コンジュンクトラ conjunctura と呼ばれる速いパッセージの音符が用いられますが、それは後程見ることにします。

上のようなオルガヌムの場合、定旋律を担うテノール声部では、原則としてプンクトゥスやヴィルガが用いられます。 それらの音符は上の声部に合わせて長く引き伸ばされます。 一方、対旋律においてはリガトゥーラが整然と並んでいて、この並び方が、リズム・モードという一定のリズムパターンを表現しています。

以下、このリズム・モードについて解説していきます。

リズム・モード基本編

リズムを計るためには、まずそのための単位が必要です。このような単位は現代では「拍」と呼ばれていますが、当時はテンプス tempus (「時間」の意)と言いました。つまり一拍二拍という代わりにテンプスが一つ二つと数えます。

そしてモーダル記譜法をはじめとする計量記譜法では、テンプスが三つ集まるとひとまとまりと考え、それを「完全」perfecta と呼びます。これは現代で言うところの小節にあたるものと言ってよいもので、もちろんこの時代には小節線というのは無いのですが、この三つ一組の箱の構造が、曲のリズム構造を陰に支配しています。

※三つが集まったものが完全と呼ばれるのは、それが三位一体の象徴であるからです。

※※上で、「一拍二拍と数える代わりにテンプスが一つ二つと数える」と言いましたが、ノートル・ダム楽派の曲を実際に演奏すると、現代人には急速な三拍子に聴こえるので、このテンプス三つ一組の「完全」の方が、現代での一拍に対応すると思った方が自然かもしれません。

さて、これで時間の単位は明確になりましたが、中世の人々は当初、個々の音符の長さに関して、おおまかに長い(ロンガ)あるいは短い(ブレヴィス)という区別しかしませんでした。

テンプス三つ一組で「完全」という考え方の上で、実際の音符の長さを表す概念がロンガ(以下 L と略記)とブレヴィス(以下 B と略記)しかないということで、ちょっと面白いことになります。

単純な場合から考えていきましょう。

ロンガが続けて並んでいる場合は、自然にテンプス三つの「完全」の長さの音符が並んでると考えます。

L-L-L-L = dot2bardot2bardot2bardot2

※以下、テンプス一つが現代譜の8分音符一つに対応すると思って現代譜を書きます。 縦棒は「完全」の区切を表します。

ブレヴィスが三つづつ並んでいたらテンプス一つ分の長さが並んでいると考えます。

B-B-B-B-B-B = 8x3bar8x3

ロンガとブレヴィスが交代に現れるなら「完全」の三つのテンプスを、二つ & 一つと分けあいます。

L-B-L-B = 4-8bar4-8, B-L-B-L = 8-4bar8-4

では、二つのロンガの間にブレヴィスが二個あったら(L-B-B-L)どうなるか? この場合、真中の二つのブレヴィスを「完全」の一つの箱に収めるために、後ろのブレヴィスがテンプス二つ分を表すと考えます。

L-B-B-L = 4dbar8-4bar4d

このようにブレヴィスの長さが二倍になることを「アルテラツィオ alteratio」と言います。

さて、以上がモーダル記譜法のみならず計量記譜法におけるリズムの一般原則です。 ポイントは、ロンガとかブレヴィスという長さを表す概念は絶対的なものでなくて、コンテクストによって決まる相対的なものだということです。

「完全」はロンガで表され、その 1/3 のテンプス一つはブレヴィスで表される一方、テンプス二つ分はロンガ、ブレヴィスどちらによっても表されるのです。

以上をふまえた上で、ノートル・ダム楽派のリズム・モードを見ていきましょう。

長短の組合せで表現されるリズム・モードには以下のように六種類あります。そしてそれは、古典詩の六つの長短格と一致しています。

リズム対応する古典詩の格譜例
第1モードL-Bトロケウス(Trocaeus) modus 1
第2モードB-Lイアンブス(Iambus) modus 2
第3モードL-B-Bダクティルス(Dactylus) modus 3
第4モードB-B-Lアナペストゥス(Anapaestus) modus 4
第5モードL-L-Lスポンデウス(Spondeus) modus 5
第6モードB-B-Bトリブラクス(Tribrachus) modus 6

少し詳しい話になりますが、リズム・モードの理論においてフレーズの長さを示す用語にオルド ordo というのがあります。これは休符で区切られるフレーズの終わりまで上のリズム・パターンを何回繰り返すかを表します。

Primus ordoSecundus ordoTertius ordo
1 ordo1-1 ordo1-2 ordo1-3
2 ordo2-1 ordo2-2 ordo2-3
3 ordo3-1 ordo3-2 ordo3-3
4 ordo4-1 ordo4-2 ordo4-3
5 ordo5-1 ordo5-2 ordo5-3
6 ordo6-1 ordo6-2 ordo6-3

さて、これまで説明のためにリズムを現代譜を用いて表してきましたが、上でも少し触れたように実際の楽譜では、これらのリズムはリガトゥーラの組み合わせによって表示されます。まずそれらリガトゥーラの例を以下にまとめておきます。

BinariaeTenariaeQuaternariaeQuinariae
lig bin lig ter lig qua lig qui

標準的に用いられるのは二音(Binaria)、三音(Ternaria)、四音(Quaternaria)のリガトゥーラですが、五音以上(Quinaria etc.)もしばしば用いられます。音符の下に c としるしを付けてあるのは、正確にはリガトゥーラではなくてコンジュンクトラ conjunctura と呼ばれるもので、装飾的な速い下行の動きに用いられることが多いですが、リガトゥーラと同一の機能を果たすケースもままあります。

それから、二音のリガトゥーラ lig binは上行を表し、下から上に読むことに注意してください。

それでは各モードがどのように記されるか順番に見ていきましょう。

第1モードは、最初に三音のリガトゥーラを置き、後は二音のリガトゥーラを繰り返します。この場合、三音のリガトゥーラは L-B-L を表し、二音のリガトゥーラは B-L を表します。

1. mode1 mode1-m

第2モードは、 B-L を表す二音のリガトゥーラを繰り返し、最後だけ三音のリガトゥーラを置きます。この場合、三音のリガトゥーラは B-L-B を表します。 最後の三音のリガトゥーラは二音のリガトゥーラと単独音符(プンクトゥスまたはヴィルガ)に分けられて書かれることもあります。

2. mode2 mode2-m

第3モードは、最初に単独のヴィルガが置かれ、後は三音のリガトゥーラを繰り返します。この場合、三音のリガトゥーラは B-B-L を表します。

3. mode3 mode3-m

第4モードは、三音のリガトゥーラを繰り返します。この場合も、三音のリガトゥーラは B-B-L を表します。

4. mode4 mode4-m

第5モードは、三音のリガトゥーラを繰り返します。この場合、三音のリガトゥーラは L-L-L を表します。第5モードは、全て単独音符のヴィルガで書かれる場合も多いです。

5. mode5 mode5-m

第6モードは、最初に四音のリガトゥーラを置き、後は三音のリガトゥーラを繰り返します。この場合全ての音符が B です。

6. mode6 mode6-m

以上が六つのモードの基本的な形です。そして、これはあくまで基本形で、実際の曲においては irregular なことがいろいろ起こるのですが、それについては後ほど少し見ることにします。

最初の例

リズム・モードの基本がわかったところで、冒頭のペロタンのオルガヌムのさわりを見てみましょう。多少、不規則な箇所はありますが、第3モードの図式に忠実にしたがっているのが見てとれると思います。

alleluia ini alleluia ini(m)

→「モーダル記譜法の解説2」(工事中)

Last modified: 2007/4/16