ソラージュ(Solage, fl 1370 - 1390) は Chantilly 写本に10曲を残しており、 この写本のなかの中心的な作曲家と言えます。 彼の場合、 Ars subtilior 的な様式上の特徴は、半音階的進行や不協和音の大胆な使用等、 和声において強く現れています。 とりわけ 10. Fumeux fume (くすぶった男が)は極端で、 取り上げられる機会も多い作品ですが、その大胆なクロマティシズムは Ars subtilior の manneristic style の一つの極を表すと言っても良いでしょう。
一方で、リズムの構成法に関しては「保守的」というか「古典的」で、大概 Machaut の時代の やり方にしたがっています。(4.S'aincy estoit などは例外になります。) それは、動機的な単純な短いリズムパターンを(時には異なる声部間で)繰り返し用いるというもので、 アイソリズム的なリズム構成法と呼んでも良いと思われますが、1.En l'amoureux vergier, 6.Helas je voy の Triplum, 8.Tres gentil cuer の下2声部, 10.Fumeux fume などに 分かりやすい形で見られます。
Solage のもう一つの特徴として、4声体の曲を積極的に書いていることが あげられます。 Machaut は4声の歌曲を多く残していますが、 Machaut 以後それを踏襲して4声体を用いた者は実質的に Solage だけだったという事実が あります。(5,6,7,9 が4声体です。)
これらのことから、「Solage は Machaut の弟子だった」と言われることも あるようです。確かに良くみると(特に4声体の曲は) Machaut の作品 (それも比較的年をとってから書かれた、どちらかといえば難解な部類にはいる曲) を熱心に真似ているように思える節が多々あります。
そういうわけで、Solage が本当に Machaut の弟子であったかどうかは別として、 Solage は Machaut の直接の後継者と言って良いとおもいます。
さて、以下各曲の簡単な解説です。
最初の4つの3声のバラードについて、 [Apel]は、1.から4.へ進むにしたがって "a gradual development toward greater complexity" を示す、と言っています。
- 1.En l'amoureux vergier (ballade)
- Solage の作品の中でもかなりシンプルな部類に入る曲だと思います。 繰り返し用いられる明確なリズム動機を持っています。 時おりあらわれる変化音による和声的な陰影は Solage 独特のものと言って良いかも知れません。 また、重要と思われるのは B パート、一度目の break の少し前に Tenor に現れる、 5度の跳躍からなる「ファンファーレの動機」です。 Solage はこの動機を曲の重要な箇所にしばしば用いますので、他の曲でも注意して聞かれると 良いでしょう。
- 2.Corps feminin (ballade)
- 現代譜で数えて150小節超という異例の長さを持つバラードです。 この長さは Machaut の時代の平均の約3倍、同時代の平均の約1.5倍以上 です。
- 3.Calextone qui fut (ballade)
- 引き延ばされた和音が随所に見られるなど、荘重な感じがする曲です。 リズムの上では、シンコペーションが多用され、B パートの最初には現代譜表記で6/8拍子 (Superius) 対 2/4拍子(Contra)という Ars subtilior 的なクロスリズムが見られます。 和声的に面白いのは、しばしば Ab 上の和音が聞かれることです。 特に、2回目の A パートの終り近くと全曲の終り近くに聞かれる Ab - C#(Db) - F は(驚くことなかれ) "Neapolitan progression" をします。
- 4.S'aincy estoit (ballade)
- Solage の曲の中では例外的にリズム(そして記譜)の複雑な曲です。 頻繁なプロポルツィオの変化や、 上声部の細かい動きなどは、Trebor や Senleches や Philipoctus などの書き方に近いと言えます。 この曲は、有名な芸術のパトロンであった Jean, Duc de Berry (d.1416)のために 書かれた曲で、[Apel]の言葉をそのまま引用すると、 "Perhaps the singular character of this composition is explained by the fact that it is Solage's only example of the heraldic court ballade, a type which naturally called for greatest sumptuousness." とのことです。 注目すべきこととして、(残念ながらMIDIではわかりませんが) noble という語と連動して、 5度の跳躍のファンファーレのモティーフが現れることと、 E-F#-G-E というライトモティーフが繰り返し現れることがあります。このライトモティーフ は Berry 公と関連があったのではないかと推測されます。
- 5.Le basile (ballade)
- 4声体の曲です。 書法自体は Machaut の時代のものと言えると思いますが、臨時記号によってめまぐるしく変化する 調性感は Solage 独特のものと言えるでしょう。 (冒頭の Triplum の Eb からしていきなりフェイントです。)
- 6.Helas je voy (ballade)
- 4声体の曲です。 Solage の曲のなかでもとりわけ Machaut 的な作品といえると思います。 面白いことに Superius や Tenor にわかりやすい形でホケトゥスが登場します。
- 7.Pluseurs gens voy (ballade)
- 4声体の曲です。 Solage の渋い歌心(うたごころ)が光る一曲です。 作りは比較的シンプルですが、 リフレインのロマン的な盛り上がりが面白いです。(なおリフレインの Tenor にはファンファーレの動機が 登場します。)
- 8.Tres gentil cuer (virelai)
- これも Solage の渋い歌心が光ります。 Solage が実はかなりのメロディーメイカーであったことわかります。 親しみやすい主旋律の下で、あまり目立たないながらも、 Tenor と Contra は 面白いことをいろいろやっています。 特に "a reccurent pattern formed by alternating notes" [Apel]が リズム的に面白いのと、用いられる不協和音の陰影が絶妙だと思います。
- 9.Joieux de cuer (virelai), MIDI: [New GS-GM], [Old GS-GM], mp3: [New mp3, 2.3M]
- 4声体のヴィルレーです。 とても洗練された曲だと思います。 Superius の旋律は美しく、リズム・モティーフを自由に声部間で模倣し合い、 半音階的な不協和音はないものの、ここぞというときに音をぶつけて聞くもの を引き付けるやりかたなど、熟練した筆使いのようなものを感じます。 この曲の B パートの譜例を用いた詳しい解説が Gothic Voices の [The Medieval Romantics]の中にあります。 Christopher Page のこの解説は是非とも読まれることをお勧めします。 なお、Page が "the one of the most exhilarating moments in fourteenth-century polyphony" と評する美しい部分を導くように、Contra にファンファーレ・モティーフが 登場します。
- 10.Fumeux fume (rondeau)
- 1360年代から'70年代のフランスに fumeurs (煙をくゆらせる者たち)と呼ばれる文人やボヘミアンからなるアヘン飲みの 集団があったそうです。この曲はその fumeurs に関する曲で、低い音域が使われ、 それが半音階的な微妙な和声と結び付いて、非常に特異な世界を作り出しています。 リズムの面では、 A パートの後半で3声部間で組織的に用いられる minima + semibrevis + semibrevis というリズムパターン(現代の記譜では8分音符+4分+4分) は注目して良いでしょう。 また、下の註もお読み下さい。
●References
- [Apel]
- Willi Apel, French Secular Music of the Late Fourteenth Century, the Medieval Academy of America, 1950.
- [The Medieval Romantics]
- The Medieval Romantics: French Songs and Motets 1340-1440, Gothic Voices, Christopher Page;directer, Hyperion.
●Commentary
14世紀末に Solage が Fumeux fume を書くことを可能だったのは、それに十分なだけ拡張された 音組織があったからです。(まあ当然ですが。) このことに関する簡潔な記述が Early Music FAQ の Hexachord, solmization, and musica ficta という記事の中にあるのでそのまま引用します。
2. Expanding the gamut: Musica ficta and "invented" hexachordsIn the standard gamut, B/Bb is a flexible degree, appearing in different hexachords as either mi or fa - and likewise E/Eb in the same gamut when transposed by a Bb signature. By around 1200, in addition to using Bb and Eb, composers were sometimes applying the mi-sign - the sign of the "square-B" closely resembling a modern natural sign, and also represented in later medieval and Renaissance notation by the sharp sign - to F (F#) and C (C#). These signs literally direct that the affected notes should be sung as mi, effectively making a whole-tone (F-G or C-D) into a semitone (F#-G or C#-D). However, there is no standard hexachord in which F or C may be sung as mi - so these symbols call for the "invention" of new or "fictional" hexachords on D (with F# as mi) and A (with C# as mi). A dramatic case occurs at the opening of Perotin's organum triplum Alleluya posui adjutorium, where the use above the sustained note G in the tenor of C# and F# in the upper parts provides a striking vertical color and tension: F#4 D4 C#4 D4 G3 Here we have the simultaneous intervals of the tritone and major seventh above the tenor, both counted by 13th-century theorists as among the strongest or "perfect" discords, which alike resolve by oblique motion to a fifth with the tenor. This example nicely illustrates the element of artistic choice and boldness in 13th-century accidentalism, not always fitting within any convenient "rules": Here, for example, far from avoiding the tritone, the inflections create one. Additionally, our example illustrates the possible rule of local variations and performer's (or notator's) discretion: While the version of this organum in the Montpellier manuscript indicates both F# and C#, another version in the Florence manuscript omits the C# in the duplum or second voice. By the early 14th century, theorists were taking note of certain preferences in vertical progressions regularly calling for inflections outside of the standard gamut: Sometime around this epoch, the 12-note keyboard with its five accidentals (typically Eb, Bb, F#, C#, G#) seems to have come into vogue. By the end of the 14th century, a composer such as Solage can write a piece (Fumeux fumee) calling not only for these accidentals, but also Gb and Db as well as Ab. In the early 15th century, the theorists Prosdocimus of Beldemandis and Ugolino of Orvieto additionally recognize D# and A#, expanding the late medieval system to 17 notes per octave. Such inflections involve the "invention" not only of new steps, but of new hexachords, and it is mainly on this aspect that our discussion should focus. |