La harpe de melodie

Jacob de Senleches の凝りに凝ったヴィルレー、 La harpe de melodie について、少し詳しく検討してみたのでここにまとめておきたいと思います。

とりあえず Chicago: Newberry Library 54.1, fol. 10 のこの曲の楽譜の画像です。
→ R. Hoppin, Anthology of Medieval Music の表紙 その1, その2

また、この曲は Chantilly 写本にも収録されていますが、誤記があるようです。そのため、これをもとにした Apel と Josephson の transcrption は正確でなかったようです。(私は Chantilly 写本の楽譜は見たことがありません。)

楽譜のハープの絵をよくみると巻かれているリボンの上に赤い字でなにやら書いてあり、実はこれが演奏の instruction になっています。(これを解読した人はえらいです。) 上記の Hoppin の本を頼りに読んでみますと次のようになります。

Se tu me vuelz proprement pronuncier もしあなたが私をきちんと歌いたいなら
Sus la tenur pour miex estre d'acort よりよく協和するために、テノールの上
Diapenthe te convient comencier, 5度で始めるがよい
Ou autrement tu seras en discort. さもなくば不協和になるだろう。
Par blanc et noir per mi sans oublier 私のために忘れることなく、白と黒の部分(音符)を
Lay le tonant, ou tu li feras tort. より大きく鳴らせ、さもなくばあなたは間違うことになろう。
Se tu me vuelz proprement pronuncier もしあなたが私をきちんと歌いたいなら
Sus la tenur pour miex estre d'acort テノールの上でよりよく協和するために
Puis va cassant duz temps sanz forvoier, 道に迷うことなく二つのテンプスで追いかけろ
Premiere note en .d. prent son ressort; 最初の音符は d に取れ
Harpe toudis sans espasse blechier, ハープは間(線間)に触れないので
Par sentement me puis douner confort. あなたは私を安楽にさせることができる。
Se tu me vuelz proprement pronuncier もしあなたが私をきちんと歌いたいなら
Sus la tenur pour miex estre d'acort よりよく協和するために、テノールの上
Diapenthe te convient comencier, 5度で始めるがよい
Ou autrement tu seras en discort. さもなくば不協和になるだろう。

※これは暫定訳、というかかなり怪しいです。実際、私には謎だらけです。Hoppin の英訳を頼りにし、古仏語辞典を引きつつ調べましたが不明な点がいろいろ残っています。
※※Special thanks to 「フランドル楽派の音楽家たち」の「古フランス語に挑戦!」のページ.

このように「上声部(superius) は tenor の5度上の d から始め、triplum はテンプス二つ遅れで追いかけよ」ということになり、上2声は厳密なカノンになります。

また、楽譜自体もちょっと特殊で、「ハープは間(線間)に触れない」という詞の通り、線間を用いていません。つまり譜表をハープの弦に見立てて音符が全てその「弦」の上に乗っているという凝りようです。(そのため一段が8線とか9線とかあります。)

さて、一番問題なのが5、6行目の "Par blanc et noir per mi sans oublier, Lay le tonant, ou tu li feras tort." で、ここがこの楽譜の記譜法を正しく理解する鍵になります。

Hoppin の英訳では、"Let the black and white parts (notes) sound by half, without forgetting, or you will do them wrong." となっています。つまり「黒符と白符の部分は半分の時価で演奏せよ」と言っています。

Hoppin の英訳で "sound by half" と訳されているところは原詩の "Lay le tonant" にあたりますが、古仏語の lay は現代仏語の largeur(「より幅広い、より大きい」という意味の比較級形容詞)を表します。つまり直訳すると、「半分に響かせる」ではなくて、「より大きく響かせる」のようになります。これでは意味が逆ではないかと思われるかもしれませんが、多分これでよくて、大きくなるものは音符の長さではなくておそらくプロポルツィオだと思われます。「より大きいプロポルツィオ」→「プロポルツィオ・ドゥプラ」と読みかえるとこの楽譜は正しく読むことができます。

註:プロポルツィオ・ドゥプラ proportio dupla とは、非常に粗く言うならば、「二倍速」にすることです。あるいは音符の時価を半分にすることと言った方が正確かもしれません。詳しくは「フランドル楽派の音楽家たち」の「写本に挑戦!」の第8回を御覧になると良いと思います。これは計量白符についての優れた解説ですが、プロポルツィオの概念が登場した計量黒符の最終段階(14世紀後半〜15世紀始め)にも大体あてはまるようです。
註の註:とは言うものの、うっかり上で「二倍速」と言ってしまったものは本当はディミヌツィオ diminutio と呼ぶべきものであって、厳密にはこれはプロポルツィオ・ドゥプラと区別しなければいけないかもしれません。
しかし、Apel の教科書を注意深く読むと、ディミヌツィオは少なくとも最初のころは、プロポルツィオ・ドゥプラの別名だと思っておいてよさそうなのと、この曲の場合そもそもテンプスが不完全なのであまり気にする必要はなさそうです。
この曲におけるプロポルツィオ・ドゥプラ=ディミヌツィオは、Ars sutilior の曲に頻出する、完全プロラツィオから不完全プロラツィオに移行するもの、すなわちセミブレヴィスを三つに分けていたのを二分割にするというもの、が背景にあるけれども、少し irregular な感じのものです。これについては少し後で見ます。
註の註の註:むしろ気にすべきなのは、そもそも Senleches がこの曲を書いたときにプロポルツィオ・ドゥプラやプロポルツィオ・トリプラなどの言葉と概念が存在したか、ということの方かもしれません。Apel の教科書によると、プロポルツィオが初めて論じられるのは、Johannes de Muris: Libellus cantus mensurabilis (14世紀中頃)においてだそうです。これは Ars nova の記譜法を具体的に説明した書として有名ですが、ここにはプロポルツィオという言葉は登場せず、ディミヌツィオが論じられています。一方、プロポルツィオ・ドゥプラやプロポルツィオ・トリプラなどが説明されるのは、1408年に書かれたという論文 Tractatus practice de musica mensurabili (Prosdocimo de' Beldomandi 著)においてのようです。 Chicago: Newberry Library 54.1, fol. 10 において、 harp の形の楽譜にこの曲が写されたのは1391年とのことなので、上の Prosdocimo の論文より17年早いことになります。ディミヌツィオがこのころさかんに用いられていたのは間違いがないようですが、それがプロポルツィオ・ドゥプラと呼ばれていたかどうかが、「大きくなるのはプロポルツィオ」という「まうかめ堂説」の鬼門です。ディミヌツィオというのは「縮小」という意味なわけで、やっぱり「小さくなってる」のでは無いかと…。
でも、「大きくなるのはプロポルツィオ」とプロポルツィオを持ち出すのは私の考えすぎで、単に「テンポ or 速さが大きくなる」というだけのことかもしれません。 何かこのことに関して情報やご意見をお持ちの方、是非御連絡下さい。

まっとうな楽譜の画像を御用意できなかったので、大部分の人には意味が無いかもしれませんが、以下で少し詳しく記譜について見てみます。

まず全体のメンスーラは不完全テンプス完全プロラツィオです。現代で言うと大体八分の六拍子にあたるものです。それで、現代譜に直すときに、いろんな流儀がありますがここでは、ブレヴィス(B)は符点二分音符に、セミブレヴィス(S)は符点四分音符に、ミニマ(M)に八分音符を対応させることにします。(あ、もちろんセミブレヴィスは不完全化することがあります。)

赤符は典型的なヘミオラのカラレーションです。ブレヴィス、セミブレヴィスは三分の二の長さになりミニマはそのままです。ここでの最小単位ミニマ M を基準にして以上をまとめると次のようになります。

Bbrevis=doted half note= 6M, red brevis= 4M,
Ssemibrevis=doted quater note= 3M, red semibrevis= 2M,
Mminima=eighth note, red minima= M,

さて、上声部の黒符と白符はプロポルツィオ・ドゥプラで演奏するのでした。また上声部には Ars subtilior に顕著な記号(dragma, semibrevis maior など)が多用されます。これらの時価について結果だけをまとめると次のようになります。

brevis= 3M, white brevis= 2M,
semibrevis= 3/2 M,
semibrevis maior= M, white dragma= 2/3 M,
minima= 1/2 M, white dragma hane= 1/3 M,
dragma= 3/4 M,

これらは一見不規則に見えますが、以下のように一応システマティックに理解できます。

上声部の黒符の B,S,M は単純にテノール声部の黒符の半分の時価です。ただ S は二音のリガトゥラの形で一度現われるのみで、もっぱらsemibrevis maiorという形の semibrevis maior が現われ、これは B の三分の一の時価を表します。しかもこの semibrevis maior はしばしば B を不完全化させたりもします。つまり、brevis - semibrevis maior - minima で、あたかも完全テンプス不完全プロラツィオを形成するように見えます。またdragmaという形の dragma は、semibrevis の半分を表す記号として導入されています。

白符は、この上声部の黒符に対するカラレーションとして理解できます。対応にねじれは生じていますが、黒符の三分の二の時価を表します。

以上をもとに transcription (現代譜)を作ると次のようになります。(別窓で開きます。) 実は Hoppin の transcription とほとんど(一点を除いて)同じです。また Hoppin も述べているように、B パートの繰り返しの終わり方には他の可能性も考えられます。

なかなかリズムが複雑ですが、鳴らしてみるとこんな感じです。

※上の mp3 plugin の使えない方は、次からどうぞ。 [mp3], [MIDI]

※「まうかめ堂」の MIDI は、この複雑なリズムを正確に演奏するとどうなるのかを見るために存在してるようなものです。

この La harpe de melodie は、Senleches の曲の中でもかなり有名な方で、CD への録音が結構見つかります。私はこの曲の録音を三つ持っていますが、どういうわけか、どれも Chicago: Newberry Library 54.1, fol. 10 の harp の楽譜を用いていなくて、Chantilly 写本からのおそらく K. Greene による transcription を用いているようです。この楽譜は多分、誤記があるという Chantilly 写本から整合性を持つように修正しつつ現代譜に直したものではないかと思います。ただ、Chantilly 写本の楽譜も Greene の現代譜も見てないのでこれは単なる憶測です。

註:私の所有する三つの録音とは以下のようです。 また K. Greene の transcription は Polyphonic Music of the Fourteenth Century XIX, Editions de L'Oiseau-Lyre に載っているそうです。(この巻は Chantilly 写本の transcription です。)この現代譜をもとにした MIDI を Myoushin さんのサイト MUSICA ANTIQUA で聴くことができます。
まうかめ堂 or Hoppin と上の演奏との大きな違いは、まうかめ堂の楽譜での上声部5小節目の16分音符が、上の演奏では8分音符になってることです。このため、Tenor でつじつまを合わせると、A パートにおいて、まうかめ堂 or Hoppin 版と上の演奏では途中から一小節ずれることになります。
※以上情報提供に関して Special thanks to Myoushin さん、です。

それにしても、Codex Chantilly と題された CD の Ensemble Organum の演奏が K. Greene のものを用いるのは至極まっとうですが、Newberry Library の harp の形の楽譜をブックレットに載せてる Ferrara Ensemble がこれを用いてるようなのはちょっと解せないですね。

Last modified: 2004/11/28