教会旋法について1

このページでは教会旋法について基本的なことの解説を試みたいと思います。 教会旋法は、もともと、グレゴリオ聖歌の楽曲の全てをそれの属する音階構造に即して(8つの)種類に分類しようという分類理論として発展してきました。 ところが時代が下り、ポリフォニー音楽が隆盛をきわめるようになると、今度は、教会旋法のタームや理論は、ポリフォニー作品に対しても用いられようになりました。 その流れは17世紀もかなりが経過するまで続き、誤解を招くかもしれない言い方をすると「機能和声の理論が確立し、全ての旋法が長調・短調の二つの種類の音階に解消してしまうまで」、中世・ルネサンスを通じて音高組織に関して中心的な役割を果たしてきました。

※「全ての旋法が長調・短調の二つの種類の音階に解消してしまうまで」なんてことは何重にも正しくないので不用意に言わないほうが良いでしょうね…。 また、旋法あるいは旋法的なものの考え方自体は、機能和声が確立した後全く廃れてしまったというわけではなく、現代にいたるまで、ある局面では現役バリバリで存続します。

その発展の拡がりは多岐にわたり複雑な様相を示しており、その全貌を一介の中世音楽オタクのまうかめ堂ごときが語りつくせるようなものではありません。 そこで、このページでは、もともとのグレゴリオ聖歌の分類理論としての教会旋法について、その基本的なことに焦点を絞りたいと思います。

しかしグレゴリオ聖歌の分類理論としての教会旋法それ自体も、8〜9世紀頃から始まり少なくとも16世紀頃まで、優に700〜800年の歴史を持ちます。 これまた大変な歴史ですので、ここでは11世紀になされた、ある意味決定的な統合を中心に話を進めたいと思います。

より詳しく言うと、前のページで言及した二つの文献、偽オド著『ディアログス(対話)』グイド・ダレッツォ著『ミクロログス』の記述を中心に説明したいと思います。

なぜこの二つの書物に着目するかというと、「単旋聖歌の理論に関する著作のなかで、手稿本によって最も広く普及し、また注釈や引用においても最も頻繁に取り上げられた2つの著作」(ニューグローヴの「旋法」の項より)だからです。 すなわち、これら以前の理論はこれらの書物の中に整理された形でまとめあげられ、それ以後の理論はこれらの書物の定式化の上に作られていったと言ってよさそうだからです。

※これ以降の教会旋法についてのページで、最も重要な参考文献は引き続きニューグローヴ世界音楽大事典の「旋法」の項目、あるいはこれの原書(英語)第二版の "Mode" の項目です。 というか、この教会旋法のページは私自身がニューグローヴの内容をきちんと理解する目的のために書いていると言ったほうが正しいです。

●教会旋法の基本

まず単刀直入に、聖歌をどのようにして8種類の旋法に分類するのかを、前述の11世紀の著作にしたがって説明します。

分類は二段階に為されます。 まず、聖歌全体がどの音で終わるのか終止音=フィナリス finalis に注目し4つに分けます。 次に、聖歌がその途中、どのような範囲の音高を動くのか、音域=アンビトゥス ambitus に注目し、4つに分けたそれぞれをさらに2つに、計8種類の旋法に分類します。

1.フィナリス finalis (終止音) まず聖歌の終止音に注目し、終止音が D のときプロトゥス protus, E のときデウテルス deuterus, F のときトリトゥス tritus, G のときテトラルドゥス tetrardus という風に4つに分けます。

フィナリス旋法
Dプロトゥス protus
Eデウテルス deuterus
Fトリトゥス tritus
Gテトラルドゥス tetrardus

※protus, deuterus, tritus, tetrardus はギリシア語の1, 2, 3, 4の序数から来ています。

2.アンビトゥス ambitus (音域) 次に聖歌の動く音高の範囲に注目し、上の4つそれぞれを正格 authenticus と変格 plagalis の二つにわけます。 正格と変格への分けかたは、大原則として、フィナリスから高くまで上がるときが正格、あまり上がらないときが変格です。

より精密には、正格であるのは、上にはフィナリスから8度まで、時として9度10度まで上がり、下には原則として2度までしか下がらないような場合です。 但し、正格トリトゥスの場合、フィナリスである F のすぐ下は「不完全な半音」(『ミクロログス』第13章)であるために、フィナリスより下がることはまずないようです。

一方、変格であるのは、原則としてフィナリスから上下ともに5度の範囲で上がったり下がったりする場合ですが、時として上へは6度7度まで上がることがあります。

※正格を示すラテン語 authenticus は「真正の、純粋な、元の」という意味で、変格を示すラテン語 plagalis は「脇の」という意味です。

以上のようにして計8種類の旋法となるわけですが、正格プロトゥスや変格トリトゥスと言った呼び名の他に、第一旋法、第二旋法…と通し番号で呼ぶ呼び方と、ドリア、フリギアなどギリシャ名による呼び名があります。

旋法フィナリス
正格プロトゥス第一旋法ドリアD
変格プロトゥス第二旋法ヒポドリア
正格デウテルス第三旋法フリギアE
変格デウテルス第四旋法ヒポフリギア
正格トリトゥス第五旋法リディアF
変格トリトゥス第六旋法ヒポリディア
正格テトラルドゥス第七旋法ミクソリディアG
変格テトラルドゥス第八旋法ヒポミクソリディア

次は、ニューグローヴの「旋法」の項目で、「8つの教会旋法のアンビトゥスに関する古典的な説」を要約したものとしてまとめられているものです。

正格プロトゥス 第一旋法 ドリア
変格プロトゥス 第二旋法 ヒポドリア
正格デウテルス 第三旋法 フリギア
変格デウテルス 第四旋法 ヒポフリギア
正格トリトゥス 第五旋法 リディア
変格トリトゥス 第六旋法 ヒポリディア
正格テトラルドゥス 第七旋法 ミクソリディア
変格テトラルドゥス 第八旋法 ヒポミクソリディア

譜例で、角音符はフィナリスを表します。[ ]内の音符は理論上は可能だけどめったに現われない音、( )内の音符は理論上は認められていないけど実際には使われる(らしい)音を示します。 また、第三、第七、第八旋法ではb♭が書かれていませんが、グラドゥアーレや、変則的なテトラルドゥスのアンティフォナ等にはこれらの旋法でb♭が現われることがあるそうです。

※ここで「理論上」と言っている「理論」とは、『ディアログス』、『ミクロログス』の後の時代の注釈である『音楽の諸問題 Questiones in musica』(12世紀、著者不明)や、これをもとに書かれたジャック・ド・リエージュ著『音楽の鏡 Speculum musicae』(14世紀)の第6巻第42〜49章に定式化されているアンビトゥスのことを言っています。 これらにおいて、アンビトゥスは各旋法ごとに、いくつかの完全協和音程を積み重ねた範囲として定められています。 例えば第二旋法では、Γ(ガンマ)から完全4度をΓ−C,C−F,F−b♭と、三つ重ねることによって得られる Γ−b♭ の10度の範囲がアンビトゥスとされます。 他の旋法については、第一旋法は C から完全5度を二つ重ねることによって得られる C-d の9度の範囲に番外の e を加えたもの、第三旋法は D から完全5度を二つ重ねた D-e の範囲、第四旋法は A から完全4度を三つ重ねた A-c の範囲、第五旋法は F からオクターブの F-f の範囲、第六旋法は C から完全5度を二つ重ねた C-d の範囲、第七旋法は F から完全5度を二つ重ねた F-g の範囲、第八旋法は C から完全5度を二つ重ねた C-d に番外の e を加えたもの、というようになります。 このような形式的なアンビトゥスの設定の仕方はなかなかに中世っぽいとも言えるでしょうか。 ニューグローヴではこれらの完全4度や完全5度が譜例の中に書き込まれていますが、煩雑になるので省略しました。

●各旋法の聖歌の実例

以下、8種類のそれぞれの旋法に属する聖歌の実例を挙げます。 できるだけそれぞれの旋法のキャラクターがはっきりわかるような例を集めるように心掛けました。 また、譜例が曲の冒頭のフレーズのみである場合もありますが、その部分だけでその旋法の旋律になっているものを集めました。

※以下で、音名は以前紹介したものを用います。

正格プロトゥス 第一旋法 ドリア
賛歌「めでたし海の星 Ave maris stella」[MIDI]

有名な聖母賛歌の一つ。最低音は C, 最高音は d, ということで音域はフィナリスDのすぐ下のCからフィナリスのオクターブ上まで、C-d の9度。 極めて美しい旋律ですね。特に5度の跳躍に始まり堅いbを通って上のdまで上がり、下行してくるところとか…。

変格プロトゥス 第二旋法 ヒポドリア
「サンクトゥス Sanctus」 (第11ミサ) [MIDI]

譜例は冒頭部分のみで、譜例の音域はフィナリスDの4度下のAからフィナリスの5度上のaまで。 曲のもっと後の方ではその上のb♭まで上がります。 (MIDIは全曲作りました。)

正格デウテルス 第三旋法 フリギア
賛歌「舌よ、歌え Pange lingua」(聖木曜日, 主の晩餐の夕べのミサ) [MIDI]

最低音はフィナリスEのすぐ下の D, 最高音はフィナリスの7度上の d. これも有名な賛歌ですね。トーマス・アクィナスの作という説もあるようです。この曲を定旋律として用いたジョスカンのミサ曲も名曲ですね。

変格デウテルス 第四旋法 ヒポフリギア
「アニュス・デイ Agnus Dei」(クリスマス 日中のミサ) [MIDI]

最低音はフィナリスEの三度下 C で最高音はフィナリスの6度上の c. 変格デウテルスの曲はトリッキーな曲が多いです。

正格トリトゥス 第五旋法 リディア
「キリエ Kyrie」(第8ミサ) [MIDI]

譜例もMIDIも最初の Kyrie のみで、譜例の音域はフィナリスFからそのオクターブ上のfまで。 正格トリトゥスにも名曲が沢山あるのですが、丁度いい曲がなかったのでこの旋律になりました。15〜16世紀のだいぶ新しい曲のようです。 若干グレゴリオ聖歌っぽくない感じもします。 特に eleison のところは、ルネサンスの血が確実に混じっているようです。

変格トリトゥス 第六旋法 ヒポリディア
「サンクトゥス Sanctus 」(第8ミサ) [MIDI]

譜例もMIDIも冒頭部分のみで、譜例の音域はフィナリスFの4度下のCからフィナリスの5度上のcまで。

正格テトラルドゥス 第七旋法 ミクソリディア
交唱「ホザンナ Hosanna」(枝の主日) [MIDI]

音域はフィナリスGのすぐ下のFからフィナリスの6度上のeまで。 正格テトラルドゥスの「輝かしさ」がよく出ている曲だと思います。 まさに「ダヴィデの子にホザンナ/いと高きところにホザンナ」という感じです。

変格テトラルドゥス 第八旋法 ヒポミクソリディア
「サンクトゥス Sanctus」(第4ミサ) [MIDI]

譜例もMIDIも冒頭部分のみで、譜例の音域はフィナリスGの4度下のDからフィナリスの5度上のd まで。

以上8種類の旋法に一つずつ実例を挙げましたが、これらの少しの例からもそれぞれの旋法がそれぞれ固有のキャラクターを持っていることが感じられるのではないかと思います。

さて、グイドは旋法の「性格」について次のように言っています。(『ミクロログス』第14章)

Atque ita diversitas troporum diversitati mentium coaptatur ut unus autenti deuteri fractis saltibus delectetur, alius plagae triti eligat voluptatem, uni tetrardi autenti garrulitas magis placet, alter eiusdem plagae suavitatem probat;

トロープス(旋法)の多様さは精神の多様さに以下のように結びついている:あるものは正格デウテルスのぎくしゃくした跳躍に心引かれ、別のものは変格トリトゥスの喜びを選ぶ、またあるものにとっては正格テトラルドゥスの饒舌がより楽しく、また別のものは変格テトラルドゥスの甘美さをよしとする。

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Last modified: 2011/1/10