MIDI & mp3 セレクション

ここでは、まうかめ堂製作の MIDI のうち、特に聴いてほしいと思うものをピックアップして紹介します。 また、中世音楽に馴染の薄い方々に対して入門的なページにできるといいなと考えています。


●アルス・スブティリオール Ars subtilior

まずは、「中世音楽のまうかめ堂」の原点とも言える、アルス・スブティリオール(Ars subtilior, 1400年前後のフランスの知的で複雑な様式)の曲からです。 (私はこの様式の音楽を偏愛しているので、最初から最後まで特別扱いすると思います。)

さて、その中でもまず聴いてほしいのは「鳥の歌」、鳥の声の模倣が聞こえる軽快で親しみやすいヴィルレーたちです。

  1. Borlet: He, tres doulz roussignol
    ボルレー作曲『おお優しき夜うぐいす』: [mp3]
  2. Borlet?: Ma, tredol rosignol
    ボルレー作曲?『わが優しき夜うぐいす』: [mp3]

この二曲は親戚関係にあります。同一の内容の歌詞が使われ、それが1.はフランス語、2.はワロン語と言うベルギー南部の方言、で書かれています。どちらも同一のテノール旋律『森のかわいい夜うぐいす』(民謡と考えられている) を持ち、上声部(superius)も似通っています。

さて、いかがでしょうか?私はとても楽しい曲で好きです。それにちょっと他の時代には見られないような、巧妙で、中世的な大胆さと活力を持ち、それでいてこの時代の特質とも言える精密さもかねそなえた非常に興味深いポリフォニーだと思います。

もう一曲、少し趣の異なる曲を…。

この曲も「鳥の歌」になります。ヴィルレー virelaiと呼ばれる形式をしていて繰り返しが AbbaA という形になっています。 (前の二曲も同じ形式です。) この曲では中間の二回繰り返される b の部分でカッコーの鳴き声のかけあいが聞こえます。

これらの曲は当時の宮廷で歌われていた世俗的な内容の歌曲です。 まあ、ほとんどが「愛の歌」です。 これらは12世紀のトルバドゥール、トルヴェールの(単旋律の)世俗歌曲に起源を持ち、それが多声化されて発展していったものです。 その発展の一番の立役者はギョーム・ド・マショー(Guillaume de Machaut, c1300-1377)という人物で、彼は中世最大の作曲家と言って良いと思いますが、中世的な思考によるポリフォニーの頂点を築きあげました。 彼の音楽様式はアルス・ノヴァ Ars nova=「新しい技法」と呼ばれ、当時の知識人の精神性により、多分に数理的かつ構築的な性格をもつものでした。 アルス・スブティリオールというのはそのアルス・ノヴァの次の時代にあたり、彼の弟子の世代が彼の死後、その様式、技法を極限まで先鋭化しようとしたものです。 それは一面、自己模倣的な展開であり、時として極端に複雑であったり、過剰であったり難解であったりして、一見末期的に見える様相により否定的に捉えられることも多かった時代です。 そして実際にこの時期が一つの大きな時代の、すなわち中世の終わりにあたり、次の世紀にはギョーム・デュファイ(Guillaume Dufay, c1400-1474)らの登場によって本質的に新しいサイクルに移行していくことになります。

さて、そういうわけで過去には「技巧的すぎて内容の薄い音楽」のような、お決まりのレッテルを貼られることも多かった音楽ですが、実際にそんなに見るべきものがないというと、全くもってそうでないことは、例えば近年の優れた演奏の録音などが証明しています。

「まうかめ堂」の MIDI でも、アルス・スブティリオールの音楽の非自明性を証明できると良いのですが…。

なんか、ちょっと沢山書いてしまいましたが、最後に、当時の宮廷の様子が思いうかぶような(?)曲を二曲どうぞ。

  1. Anthonello de Caserta: Dame, d'onour
    アントネッロ・デ・カゼルタ『誉れある婦人よ』: [MIDI]
  2. Matteo da Perugia: Se je me plaing
    マッテオ・ダ・ペルージャ『もし私が不平を言うなら』: [MIDI]

これらはどちらもバラード ballade という形式をしています。繰り返しのパターンは aab です。 アルス・スブティリオールの世俗シャンソンにおいてはこの形式が一番メジャーであったように思います。

1.は現代の拍子で言うと八分の六拍子が基調になっていますが、フルートの音の上声部とギターの音のコントラ・テノール声部では、その声部だけしばしば四分の二拍子に変わったりします。 つまり3分割してたところに2分割のリズムが混入してポリリズムをなします。 特にコントラ・テノール(ギター)の細かい動きはアルス・スブティリオールに特徴的なものと言えるかもしれません。 また、シンコペーションを多用した流麗な上声部は美しく、これはアントネッロに特徴的なものだと思います。

2.のマッテオ・ダ・ペルージャはアルス・スブティリオールの典型的な作風からは若干はずれた独自の音楽を展開した人ですが、非常に才能ある人だったのではないかと思います。 アルス・スブティリオールの時代というのは、前述のようにギョーム・ド・マショーとギョーム・デュファイという二人の巨匠にはさまれた間隙のような時代と思われることが多く、たしかに残された作品の数から言ってもこの二人のように大作曲家という人物はいなかったもしれませんが、私が思うに作曲家として非常に重要な人物が少なくとも二人いて、一人はヨハネス・チコーニア、そしてもう一人がこのマッテオ・ダ・ペルージャです。 ヨハネス・チコーニアは中世的な理念としての音楽から離れ、より実践的な音楽を展開した人で、アルス・スブティリオール風の曲はわずかしか(一曲?)しか残していませんが、マッテオ・ダ・ペルージャは大きくいえばアルス・スブティリオールの枠内に留まりつつ、彼独自の singular な世界を作りあげた人だと思います。 そしてその音楽は、この曲を聴けばわかっていただけるのではないかと思うのですが、マショーやデュファイの音楽と比べてもなんら遜色はない高い水準にあるものと思います。 まうかめ堂イチオシの作曲家です。

次は昔書いたアルス・スブティリオールの解説のようなものです。 今読むとだいぶダメダメな解説ですが、いちおうリンクをはっときます。


●中世音楽の年代順での紹介

このサイトは一応「中世音楽」と銘打っていますが、とてもじゃないですが1000年にも及ぶ中世音楽の歴史をカバーしきれるものではありません。 「まうかめ堂」に含まれる最も古い音楽は、中世音楽としてはだいぶ「新しく」、12世紀初頭の「初期ポリフォニー」のレパートリーです。

ポリフォニー、つまり複数の異なる旋律を同時に歌うというやりかたは、9世紀の終わりまでに教会の中で始まったようです。 それは既存の聖歌(グレゴリオ聖歌)に対旋律を付けて歌うというものでオルガヌム organum と呼ばれました。 このオルガヌムですが最初は聖歌を5度の平行で歌うような、ポリフォニーと呼ぶには忍びないものでしたが、その後200年くらいの間にものすごく発展します。 そして11世紀の終わりごろから突如、多数のオルガヌムの手写譜がのこされるようになり、現在に伝わっています。

それらのうち代表的なものとして、まず、フランスのアキテーヌ地方のリモージュの(今はもう存在しない)サン・マルシャル修道院に伝わる4冊の手写譜があり、そのレパートリーは「アキテーヌのポリフォニー」と呼ばれています。次は、その中の二曲です。

この曲もそうですが、この時代のオルガヌムでは聖歌の定旋律は下の声部に置かれ、対旋律が上になります。 ただし、声部の上下はしばしば入れかわります。 そして、著しい特徴としては、従来のオルガヌムは定旋律の一音に対し対旋律も一音が対応する一音対一音の原則の上に作られていたのに対し、「アキテーヌのポリフォニー」では定旋律の一音に複数の音が付けられようになったことです。 定旋律の一音に対する対旋律の音符数は、平均で3音から4音ですが、多いときには10音以上も付けられこともあります。 このように定旋律が下で引き伸ばしている上で対旋律が華麗に動く様式は「メリスマ様式」と呼ばれています。

それにしても…このレパートリーの MIDI 化は、かなり珍しいんじゃないかと思います。

さて、「アキテーヌのポリフォニー」と並ぶ重要な初期ポリフォニーのレパートリーを含む写本として『カリクスティヌス写本』 Codex Calixtinus があります。 これはスペインの北西の端に位置するサンチアゴ・デ・コンポステラ Santiago de Compostela の大聖堂に保存されていた写本です。 この写本には20曲の多声音楽が記されているのですが、その中で一曲だけずばぬけて有名な曲があります。 それは Congaudeant catholici 『共に喜べ、カトリック信者たちよ』というコンドゥクトゥスですが、これが有名なわけは、これが3声で書かれているからです。 すなわち、3声体の音楽の最初期の例であり、歴史上知りうる限り最古の3声のコンドゥクトゥスであるからです。

この曲、これが最初期の3声曲なのかというぐらい深く神秘的な響きがします。 大好きな曲なので六つもの異なる version を作ってしまいました。 上はそのうちの二つです。 興味のある方は下のページから他のものも聴いてみてください。

※これらのページは別窓で開きます。

さて、この Congaudeant catholici は1137年ごろの作とされていますが、それから20〜30年ほど経つあいだに、パリのノートル・ダム寺院の中で、リズムに関する大イノベーションが起こります。

それまでのオルガヌムなどの多声曲は、グレゴリオ聖歌と同じネウマにより楽譜に記され、これは音高は正確に記せるけれどもリズムは記述されませんでした。

ところが、この時期、ノートルダム寺院の中で、古典詩の韻律に範を取った長短の組み合わせによる「リズムモード」と呼ばれる一揃いのリズム構造のパターンが考案されました。 さらに、そのリズムパターンを記述する方法が定められ、西洋音楽史上初めて楽譜にリズムが書き記されることとなりました。 このような記譜の方法を現在では「モーダル記譜法」と呼んでおり、そのような方法で音楽を作った人達の楽派を「ノートルダム楽派」と呼んでいます。ノートルダム楽派は年代で言うと大体1160年から1250年ぐらいになります。

ノートル・ダム楽派に属する人で有名なのはレオニヌスという人とペロティヌスという人ですが、残念ながらまうかめ堂はまだこれらの人達の作品の MIDI に着手してません。(ゆくゆくは取り上げたいという意志はあります。)

しかしながら、作者不詳の曲ではありますが、とても内容の豊かな3声のオルガヌムの MIDI を作っていますのでここで紹介させていただくことにします。

この曲の mp3 は「まうかめ堂」初の mp3 であり、しかも Roland の音源でなくて、ネットで拾ってきた soundfont を使っています。 まあ概ねちょっと加工された Choir Aah と Strings の音色なのですが、テノール声部に用いた Choir Aah には LFO でビヨーンという「うなり」みたいのが入っててそれが結構気に入っていたりします。

さて、時代をさらに進めましょう。 これまではオルガヌムという曲種で(他にもクラウズラとかコンドゥクトゥスとか類似の曲種がありますが、)全員で同じ歌詞を歌うというものでした。 聖歌を多声にして歌うというのは、典礼を盛り上げるための聖歌の装飾の方法とも考えることができます。

同じく聖歌を装飾する別の方法として、ポリフォニーの誕生以前からある方法として、トロープス tropus というのがあります。 これはアレルヤ唱などの長いメリスマの部分に、聖歌の詞を補い説明するような別の歌詞を挿入してしまう、一種の替え歌みたいなものです。

では、この二つの方法を掛け合わせたらどうか、という発想でおそらく誕生したのがモテトゥス motetus (あるいはモテト motet)です。 すなわち、聖歌はテノールに歌わせておいて、上の声部の人はそれぞれ別の歌詞を歌うというものです。 だから、3人とか4人とか5人とかが、全員別の歌詞を同時に歌ったりするのがモテトゥスです。

このモテトゥスですが、最初は教会で本当にトロープスの立体化として作られていたようです。 つまり、クラウズラなんかの上の声部に新しい歌詞を付けるという風に既存のものの加工として作られていたようなのですが、じきに自律し、面白いことにこれが教会の外へ飛びだしていきます。

大学などで、必ずしも聖職者でない知識人が作り歌いはじめるのです。 そうなると歌詞の内容も宗教的なものでなくなり、時には権力者や教会そして社会を痛烈に皮肉るようなものも現われ、さらにラテン語でなく俗語を用いるようになります。 これが13世紀に大流行したようで、大量のモテトゥスが残されています。

さて、それらモテトゥスはいくつかの写本によって現在に伝えられていますが、とりわけ有名なものは『モンペリエ写本』でしょう。 南仏の都市モンペリエには1000年には医学校が既に存在してたそうで、なぜかこの医学校に345曲ものモテトゥスを含む八巻からなる手写譜が保存されていました。 次の3曲はこの『モンペリエ写本』の中のモテトゥスです。

  1. Alle, psallite cum, luya
    『アレルヤもてほめ歌え』
  2. S'on me regarde/Prennes i garde/He mi enfant
    『誰かが私を見ているかどうか/私を見ていてください/おや、私の子供たち』
  3. Huic ut/Huic ut/tenor
    『三賢人を喜ばせたように』
※楽譜は別窓で開きます。

1.は原始的・原型的な作りのモテトゥスで、まさにトロープスを立体化したようなものになっています。 上の2声はアレルヤ Alleluya を二つにわけ Alle と luya に新しい歌詞を挿入する形で交互に歌っていきます。

2.は完全に世俗的な内容になってしまったものです。上2声は互いに関連する恋の歌で、テノールすらラテン語の聖歌でなく俗語(古フランス語)のおそらく俗謡が用いられています。

3.はエピファニー(顕現日)のセクエンツィアを多声化したもので、内容は宗教的なものです。 この曲の面白いところは、曲の後半のメリスマの部分でとても楽しいホケトゥス hoquetus が用いられていることです。 ホケトゥスというのは、二つ以上の声部が互いに補完的に休符を差し挟みながら交互に歌うことでモザイク状に旋律を浮び上がらせるような手法のことで、このころから15世紀の始めぐらいまでよく用いられました。 (MIDI では pan を左右に振ってあるので具体的にどういうことかわかっていただけるのではないかと思います。)

これらの音楽は時代区分で言うなら「アルス・アンティカ」と呼ばれ、年代は大体1250年から1320年ぐらいです。 ここではポリフォニーの発展に伴いそれまでのモーダル記譜法では対応しきれなくなり、記譜法においても新しい方法が採用されました。 それは音の長さに対応して記号(音符)の形を変えるというもので、現代の記譜法のリズムの記述の基礎にもなってる発想です。 これは最終的にフランコ式記譜法と呼ばれるものに整備されていくことになると思いますが、そのフランコ式記譜法のフランコ本人の原論文の翻訳なぞも試みております。 (これはちょっと専門的かもしれません。)

※別窓で開きます。

また、モテトゥスというジャンルはこの後数百年にわたって進化を続けていく、古楽における最重要ジャンルの一つと言えると思いますが、次の時代(14世紀、アルス・ノヴァ)の時代においても重要で、とりわけアイソリズム・モテトという形で中世で最も高度な多声音楽の位置をしめることになります。 アイソリズム・モテトについては次のギョーム・ド・マショーのところで少しだけ紹介します。


さて、今出てきた「アルス・ノヴァ Ars nova」の時代に話を進めましょう。 時期で言うとちょうどマショーが活躍した1320年ごろから1380年ごろで、場所はフランスになります。 「アルス・ノヴァ」というのはもともとフィリップ・ド・ヴィトリー (Philippe de Vitry, 1291-1361)という人が発表したとされる論文の題名で「新しい技法」という意味です。

「新しい技法」とは何か?それは新しい記譜法のことです。 詳しいことは別のところに譲りたいと思いますが、一つの大きな変化は、ノートル・ダム楽派以来ここまで、三分割のリズム、三拍子系のリズムしか許されていなかったのに対し、二分割の二拍子系のリズムも認めたことにあります。(もうひとつにはミニマという細かい音符の使用を認めたことにあります。)

これはどういうことだったかといいますと、当時の聖職者・知識人の間では聖三位一体の名にあるように3こそが完全な数であり、リズムも三分割であることが「完全」である、という思考が非常に強くありました。 そこへ二分割の二拍子系の「不完全」なものも認めようという論文が出たために賛否両論、大論争が起こったようです。 ただ実際の作品においては、ポリフォニーの急速な発展により、既にフランコ式記譜法では担いきれないようなものが現われていて、結局は「新しい技法」が定着していくことになります。 そして、この「新しい技法」により、ヴィトリやマショーは、シンコペーションを多用した複雑なリズムを持つ高度なポリフォニーを展開することになります。

ちなみにアルス・ノヴァの前の時代の「アルス・アンティカ」という言葉は、この「アルス・ノヴァ=新しい技法」に対する「古い技法」というのがもともとの意味です。

そういうわけでギョーム・ド・マショーに話を移しましょう。 この人は間違いなく中世最大の作曲家と言ってよいでしょうが、西洋音楽の全歴史を通じても最高の重要度を持つ作曲家の一人であると私は思います。

そのマショーですが、大詩人と呼ばれ、残した作品の大半が世俗歌曲です。 彼もまた12世紀以来続いたトルヴェールの末裔であり、「手の届かぬ高貴なる婦人に、献身的な愛を捧げる」という、「騎士道的、宮廷風の愛」を生涯歌い続けた詩人でありました。 次はそのような歌曲(バラード)の一つです。

次の曲も世俗歌曲(ロンドー)ですが、正確な逆行カノンの最初期の例として良く知られたものです。

ここでの逆行カノンは、トリプルム(上声部の対旋律)が上声部の終わりの音符から最初に向かって歌っていくというものです。 またテノールはちょうど真中で折り返します。 (このあたりは楽譜から確認できると思います。) しかも面白いのが詞が「私の終わりは私の始まりである」という自己言及的な内容であることです。

マショーの数少ない宗教曲にしてその最大のもの、『ノートルダム・ミサ』は、個人の手になる最古の通作ミサとして有名です。 すなわち、キリエ Kyrie、グローリア Gloria、クレド Credo、サンクトゥス Sanctus、アニュス・デイ Agnus Dei の全てのミサ通常文を、(そしてこの曲においてはイテ・ミサ・エスト Ite missa est も、)通して一人で作曲した最古のものとして知られるものです。 これもキリエだけちょっと MIDI にしてみました。

繰り返しをフルにやってるので7分半ぐらいかかります。

さて、アルス・アンティカのモテトゥスのところで言及したマショーのアイソリズム・モテトの例として次があります。

上でアイソリズム・モテトは「中世で最も高度な多声音楽」と言いましたが、誤解を恐れずに言うならこれがある種のセリー音楽だからです。 より正確には、特にテノールの旋律がセリー的な発想で構成されます。 それはコロル color と呼ばれる音列(音高の並び)に、タレア talea と呼ばれるリズムのパターンを当てはめ、それを繰り返すことでテノールの旋律が構成されるというやり方です。 コロルの音列には、前の世紀のモテトと同様、既存の歌曲(特に聖歌)から取られることが多かったようです。 同じリズムパターンを繰り返し使うというやり方は前の世紀のモテトでも普通に見られ、それはさらにその前の時代のノートルダム楽派のリズムモードの名残と見なせるようなものだったのですが、アイソリズム・モテトのタレアはそれが大きく拡大されています。 13世紀のモテトのリズムパターンは現代の言葉で言うと2, 3小節の長さのパターンの繰り返しだったのに対し、アイソリズム・モテトのそれは10小節を超える長さにまで拡充されています。 このようにセリー的に構成されたテノールは比較的ゆったりとした旋律で、その上を上声部たちが華麗なポリフォニーを展開していくというのがアイソリズム・モテトの音楽的な中身といえるでしょう。

color, talea はラテン語で、 color は色(カラー)、 talea はブロックという意味です。

このアイソリズム・モテト、14世紀を通じてフィリップ・ド・ヴィトリ、ギョーム・ド・マショーらによって発展させられ、チコーニア、ダンスタブルなどに継承された後、15世紀前半、ルネサンス音楽のパイオニア、ギョーム・デュファイによって最終形態を迎えます。 そのようなデュファイの最終形態のアイソリズム・モテトの例として次があります。

堂々たる風格をもった大聖堂のような作品です。

アイソリズム・モテトはデュファイによって最終形態を迎えたと言いましたが、それはデュファイの作品群がアイソリズム・モテトの頂点をなすということもそうなのですが、デュファイ以後この形式でモテトを書く作曲家はいなかったからです。 しかもデュファイも音楽家としてのキャリアの前半でアイソリズム・モテトを書くのをやめてしまいます。 これはもはやこの形式が時代に合わなくなったからだと考えられます。 まさに中世の終焉です。 中世音楽は、未来への萌芽を宿しつつデュファイのアイソリズム・モテトとともに終わるのだと言ってもよいかもしれません。


さて、15世紀にまで話が伸びましたが、ここでアルス・ノヴァと同時代のイタリアに目を向けてみたいと思います。 14世紀、イタリアではフランスのアルス・ノヴァとは異る独自の発展をしました。 その音楽様式は「トレチェント Trecent」と呼ばれます。トレチェントとはイタリア語で300の意味で、1300年代の音楽のことを指します。 その特徴は、またしても記譜法において顕著に現れています。 トレチェントの音楽家は同時代フランスのアルス・ノヴァの高度な記譜法は採用せず、アルス・アンティカの終わりごろのやりかたを独自に修正した記譜法を用いました。

これはなぜか? 目的とするものがアルス・ノヴァとは異なったからだと言えます。

アルス・ノヴァの人々は、リズムの面白さを追求し、シンコペーションを多用する、構造的・構築的なポリフォニーを目指していました。 なんと言うか、奇妙に聞こえるかもしれませんが、「縦のポリフォニー」です。

一方、トレチェントの音楽家たちは、むしろ旋律の流れそのものを重視し、いかに旋律を装飾していくかということにその努力を傾けていたようです。 そのためにブレヴィスを細かく細かく分割していくような記譜法を用いました。 そして、その旋律の流れ自体が音楽の推進力になるような作品を生み出していきました。 「横のポリフォニー」です。

次は、そんなトレチェントの音楽の一例です。

この曲はマドリガーレ madrigale という形式で、バラードと同じ aab という繰り返しのパターンをしています。

そして、このアルス・ノヴァ、トレチェントの次の時代にあたるのがこのページの最初で紹介したアルス・スブティリオールの時代です。 というわけでようやく話がつながりました。


●それ以外の中世音楽

さて、ここまで述べてきたのは、比較的メイン・ストリームのおはなしで、途中からフランスが中心の歴史でした。 もちろん中世の音楽はこれだけではないわけで、「まうかめ堂」で取り上げているものもそうでないものもいろいろあります。 ここではそういったものを紹介したいと思います。

まずは中世イギリスの音楽の話をしましょう。 中世イギリスは終始一貫して大陸とは異なる独自路線を行ったという感が強くあります。 あまり先鋭的なことをやろうという風ではなく、親しみやすく口ずさみやすい旋律をのほほんと歌っていたようなのどかな印象があります。

それに、大陸では不協和音として注意深く使用されていた三度六度の響きを、おおらかに用いていたことがすごく重要です。 すなわち、15世紀に入って、イギリスと大陸との交流がさかんになった折、大陸の音楽家が驚きを持ってイギリスから輸入したのが三度六度の「甘美な響き」であり、これがほんとに三和音を中心とする近代和声への入り口となったと言えます。

さて、イギリスの中世音楽といえばまずこの曲からでしょう。

超有名曲なので説明は不要かもしれません。 先程「あまり先鋭的なことをやろうという風で」ないなどと言ってしまいましたが、13世紀の後半にはこんなにも豊かなカノンを作っていたわけです。次はこの曲の解説のページです。

※別窓で開きます。

さて、次は中世イギリスの名旋律をどうぞ。

ある魅力的な演奏を真似ています。

中世イギリス、最後は、親しみやすい旋律と魅力的なポリフォニーのキャロルです。

そして、キャロルに関する解説記事が次です。

さて次はスペインの話をします。スペインの西端にはヨーロッパ三大聖地の一つサンチアゴ・デ・コンポステラがあります。 ここは前に出てきた『カリクスティヌス写本』が保存されていたところでもあるわけですが、ヨーロッパ中から巡礼者が訪ずれた場所です。

さて巡礼者は巡礼の途上で泊まる修道院などで、その夜の宴などで、聖母マリアを讃えるような愛唱歌を歌いそして踊ったといいます。 そういった曲を集めた曲集に、13世紀にアルフォンソ10世「賢王」のもとで編まれた『聖母マリアのカンティガ』があります。 ここには親しみやすい名旋律がたくさん含まれていて、現在でも人気度の高いレパートリーですが、いまのところ「まうかめ堂」では取り上げてはいません。

この「カンティガ」より1世紀以上後に編まれた写本に『モンセラートの朱い本』という一風変わった名前の写本があります。 その名の通りスペインの北東部に位置するモンセラート山の上にあるモンセラート修道院に保管されていた写本です。 ここには10曲の聖母マリアを讃える歌が写されています。 そして『聖母マリアのカンティガ』との大きな違いは、「カンティガ」では単旋律の曲ばかりだったのに対し、『朱い本』は多声の曲を含むことにあります。 まうかめ堂はその多声の曲をとても興味深く思っています。 『モンセラートの朱い本』の10曲はそのどれもが印象深い名旋律ぞろいですが、中でもとりわけ美しい曲が次です。

これも好きな曲なので、なんか沢山作ってしまいました。

さあ、いかがだったでしょうか。 このページだけで随分長くなってしまいましたが、「中世音楽のまうかめ堂」には、(MIDI の出来不出来を忘れさえすれば)良い曲がまだまだ沢山用意されています。 御興味に従ってごゆっくりお聞きください。