●フランコ式記譜法で書かれた楽譜の例
まずは楽譜の実例を見ていただくのが良いと思います。 フランコ式記譜法で書かれた楽譜は次のようなものです。
これはモンペリエ写本のモテト Huic ut/Huic ut/tenor の一部です。左側の列がトリプルム triplum という一番上の声部の冒頭で、右側の列がモテトゥス motetus あるいはドゥプルム duplum と呼ばれる二番目の声部の冒頭です。一番下の段の二重線の後がこの曲のテノール tenor 声部です。(二重線の前は、前の曲のテノールの終わりの部分です。)
現代の楽譜には出てこないような記号が沢山ありますが、以下でそれらについて解説して行きます。最後までおつきあい頂ければ、この楽譜を読むことができるようになることと思います。
※なお、「まうかめ堂」ではこの曲の MIDI と現代譜 transcription を公開しています。でも、それは後程…。
●音符、休符、譜表
まず楽譜に現れる登場人物のお披露目から始めましょう。 音符は当時の用語でノータ nota またはフィグラ figura と言いますが、単独で現れるものは次の四つです。
二重ロンガ duplex longa |
ロンガ longa |
ブレヴィス brevis |
セミブレヴィス semibrevis |
※ちなみに、longa は「長い」という意味で、brevis は「短かい」という意味です。
また、いくつかの音符がつながったリガトゥラ(連結符) ligatura と呼ばれる複合音符が用いられます。
上のように譜表は4段または5段で、Cみたいな記号が、現代で言うハ音記号で、挟まれてる線がドの位置です。
またというようなヘ音記号も登場します。
休符 pausa は様々な長さの縦棒で表されます。
この他に、プリカ plica と呼ばれる特殊な記号があります。
上行ロンガ・プリカ plica longa ascendens | 下行ロンガ・プリカ plica longa descendens | 上行ブレヴィス・プリカ plica brevis ascendens | 下行ブレヴィス・プリカ plica brevis descendens |
さらに、句読点のような役割をする小さな縦棒「」があり、「完全化記号」または「ディヴィジオ・モディ divisio modi」と呼ばれています。
楽譜上に登場するものたちは大体以上で、以下それぞれの記号の説明をして行きます。
●単独音符のリズム
ここでは単独で用いられる音符について説明します。
※『計量音楽論』第五章参照。
さて、リズムを計るためにはそのための単位が必要です。このような単位は現代では「拍」と呼ばれていますが、当時はテンプス tempus (「時間」の意)と言いました。 つまり一拍二拍という代わりにテンプスが一つ二つと数えます。
そしてフランコ式記譜法をはじめとする計量記譜法では、テンプスが三つ集まるとひとまとまりと考え、それを「完全」perfecta と呼びます。これは現代で言うところの小節にあたるものと言ってよいもので、もちろんこの時代には小節線というのは無いのですが、この三つ一組の箱の構造が、曲のリズム構造を陰に支配しています。
※中世の知識人たちの「三つで完全、二つでは不完全」というものの考え方は、キリスト教の三位一体に由来と言ってよいでしょうが、リズムにおいても三分割を基調にしたことは、13世紀14世紀のポリフォニーを面白くすることに大きく貢献したと私は思います。
そして、この「完全」の長さであるテンプス三つ分の長さの音を表す記号が「完全ロンガ longa perfecta」です。
= 3 tempora
※tempora は tempus の複数形です。
さらに、この同じロンガの記号でテンプス二つ分の長さを表すことがあり、このとき「不完全ロンガ longa imperfecta」と呼ばれます。
二重ロンガは、完全ロンガ二つ分、すなわちテンプス六つ分の長さを表します。
= 2 = 6 tempora
※二重ロンガは次の時代以降マクシマ Maxima と呼ばれることになります。
一方ブレヴィスは、それが「レクタ・ブレヴィス recta brevis」(=真正なブレヴィス)であるとき、テンプス一つ分に相当します。
= 1 tempus
また、ブレヴィスは、テンプス二つ分を表すこともあり、そのとき「アルテラ・ブレヴィス altera brevis」(=もう一つのブレヴィス)と呼ばれます。
セミブレヴィスは、原則として、一つのテンプスの1/3の長さを表し、このとき「セミブレヴィス・ミノル semibrevis minor」(=小セミブレヴィス)と呼ばれます。
= 1/3 tempus
またセミブレヴィスは、テンプスの2/3の長さを表すこともあり、このとき「セミブレヴィス・マヨル semibrevis maior」(=大セミブレヴィス)と呼ばれます。
以上まとめると、以下のようになります。
ロンガ Longa | ブレヴィス Brevis | セミブレヴィス Semibrevis | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
二重 Duplex | 完全 perfecta | 不完全 imperfecta | レクタ recta | アルテラ altera | ミノル minor | マヨル maior |
6 tempora | 3 tempora | 2 tempora | 1 tempus | 2 tempora | 1/3 tempus | 2/3 tempus |
さて、それでは、ロンガはどのようなときに「完全」になったり「不完全」になったりするのでしょうか? あるいはブレヴィスはいつ「レクタ」あるいは「アルテラ」なのでしょうか?
それは音符の並び方によって決定されます。 以下でそれを説明していきます。
(以下でロンガは L 、ブレヴィスは B 、セミブレヴィスは S で表します。また現代譜に直すときはテンプスを四分音符であらわし3/4拍子または6/4拍子の楽譜に直すことにします。)
まずはロンガについての規則からです。
1.ロンガの前のロンガは常に完全
ロンガが二つ並んだとき、手前のロンガは必ず完全になります。
=
※これはアルス・ノヴァ以降に "Similis ante similem est perfecta."「同種のものの前の同種のものは完全」という原理に敷衍されることになる規則です。また余談ですが、アルス・スブティリオールの曲で長いシンコペーションが出てくるときは大抵この原理を利用してます。
二重ロンガはいつでも完全ロンガ二つ分のようです。フランコによる例は次のようなものです。
※楽譜で縦棒は完全ロンガの休符をあらわしています。(休符については後ほど詳しく説明します。)
一方、ロンガとブレヴィスの関係は少々複雑になります。以下それを見ていきます。
2.ロンガの後にちょうど一つのブレヴィスが後続するとき前のロンガは不完全化する。
ロンガの後にちょうど一つのブレヴィスが後続するとき、例えば L-B-L のような並びのとき、前のロンガは不完全になります。
=フランコによる例は
.
※melius の me の上の下行ロンガ・プリカについては後述。
このように L-B-L のような並びの場合、デフォールトでは前のロンガを不完全化して、前の L-B でひとつの「完全」をなすことになります。しかしながら、完全化記号 signum perfectionis 、あるいはディヴィジオ・モディ divisio modi と呼ばれる小さな垂線「」を用いるとグルーピングの仕方をずらすことができます。
=フランコによる例は
.
※さてこの完全化記号ですが、フランコは小さな垂線を用いていて、これだと後で出てくるセミブレヴィスの休符と混同しやすいです。写本などの実際の例では垂線というより点として書かれる方が多いように思われます。アルス・ノヴァ以降(正確にはペトルス・デ・クルーチェ以降)の記譜法では完全化記号はプンクトゥス punctus と呼ばれ、本当に点になります。そしてこのプンクトゥス punctus が、近代記譜法における符点の起源なわけです。
3.二つのロンガの間に二つのブレヴィスが挟まれている場合、二番目のブレヴィスはアルテラ・ブレヴィスになる。
二つのロンガの間に二つのブレヴィスが挟まれている場合、つまり L-B-B-L のようなとき、二番目のブレヴィスはアルテラ・ブレヴィスになります。
=フランコによる例は
.
ここでもディヴィジオ・モディが差し挟まると面白いことが起こります。すなわち L-B-dm-B-L (dm はディヴィジオ・モディ)となると
=のように、前後のロンガが不完全化されることとなります。
フランコによる例は
.
4.二つのロンガの間に三つのブレヴィスが挟まれている場合、ブレヴィスは全てレクタ。
二つのロンガの間に三つのブレヴィスが挟まれている場合 L-B-B-B-L、自然にブレヴィスは全てレクタ・ブレヴィスです。
=フランコによる例は
.
ここでもディヴィジオ・モディが差し挟まると面白いことが起こります。すなわち例えば L-B-dm-B-B-L となると
=のようになります。
フランコによる例は
.
※ per の上の音符は上行プリカ・ロンガです。これについては後述しますが、役割としては通常のロンガと同じウェイトで働きます。
5.ロンガの後に四つ以上のブレヴィスが続く場合、
- 最初のロンガは常に不完全
- 残りのブレヴィスは「完全」をなすように三つづつ分けていって、
- 余りが無ければすべてレクタ
- 一つ余ったらその後に来るロンガを不完全化
- 二つ余ったら最後のブレヴィスはアルテラ・ブレヴィス
なかなかこれではわかりずらいので一つづつ実例を見ていきます。まずロンガの後に四つのブレヴィスが続く場合です。
=この場合、最初のロンガが不完全になり最初のブレヴィスとともに一つの「完全」の箱を作ります。のこった三つのブレヴィスはそのままひとつの「完全」に収まるので最後のロンガは完全なままです。
次にロンガの後に五つのブレヴィスが続く場合です。
=前の方は四つのときと同じですが、ブレヴィスが最後に一つ余るのでそれが最後のロンガを不完全化させます。
次は六つのブレヴィスの場合です。
=この場合、前半は前と同じですが、ブレヴィスが二つ余るので後ろのブレヴィスがアルテラ・ブレヴィスになり、最後のロンガは完全になります。
※実際にロンガ二つの間にディヴィジオ・モディを挟むことなくブレヴィスが六つも現れる例があるのかどうかはわかりませんが、フランコの説明にしたがうと上のようなリズムになります。
フランコによる四つのブレヴィスの例が次です。
.
フランコによる五つのブレヴィスの例が次です。この場合最初のブレヴィスが次のロンガを不完全化してしまっているので、ブレヴィスが二つ余る例になっています。
.
ブレヴィスの数が多いときにさらにディヴィジオ・モディが加わったりすると、一見ややこしく感じられるかもしれませんが順番に見ていけば難しいことはないと思われます。
次にセミブレヴィスについて説明します。
6.セミブレヴィスの三つの並びはすべてミノル。セミブレヴィスが二つの並びのときは後ろのものがマヨルになる。
セミブレヴィスについての規則は簡単で、次に尽きています。
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※フランコ式記譜法においては、セミブレヴィスがブレヴィスを不完全化させることは起こらないようです。そのためその分、規則が簡単です。
フランコによる例をいくつかあげます。
この例で plena の ple のところのリガトゥラはセミブレヴィス二個を表しています。そして、全体として見るとロンガ二つの間にブレヴィス四つ分のものが含まれているので、上の規則5により最初のロンガが不完全化します。
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