Diary 2006. 9
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9月29日 (金)  ベーグルのこと

おとといの日記では、コロンビア大学の校内の渺々とした芝生にいたりすの写真をのせました。

ブラウンバッグのお手伝いをするためにコロンビア大学にでかけたおり、泊まっていたホテルには食事をするところがありませんでした。

ブラウンバッグの当日、ホテルにはコロンビア大学の博士課程の方が来て下さり、いっしょにタクシーに乗って大学までの道案内をしてくださいました。

大学に着き、会場の国際関係研究科・地域研究科共同棟に入ると、お嬢さんたちを呼んでくださった歴史学の先生が出てこられ、わたしの部屋に荷物を置いて、まずコーヒーでも飲みに参りましょうと誘って下さいました。

ハーバード大学と同じく、コロンビア大学にも建物ごとにカフェがあると思われますが、先生が誘ってくださったのはとなりの棟にあるカフェでした。イタリア製のきちんとしたエスプレッソがあるのはここなのよ、と先生はおっしゃいます。

おなかがすいていたので、お嬢さんはメニューにあったベーグルサンドを注文しました。大きなベーグルに、レタスとクリームチーズと鮭の薫製がはさんである種類のものです。ベーグル本来の高さ(厚さ)と同じぐらいに具のはさまった、いただくのに骨の折れる一品でした。

そういえば、朝早い時間帯であるにもかかわらずカフェは満員で、お嬢さん一行は外で立ったままベーグルやカフェオレをいただいたのでした。

ベーグルの具はなぜいつもクリームチーズと鮭なのか、当時はなんとなく不思議に思っていました。肉類と乳製品をいっしょに摂取してはいけないというきまりを持つ方々のためであることを知ったのは最近のことです。

写真は、ニューヨークのホテルの近くで撮った街角です。ニューヨークに滞在した時間はたいへん短いものでしたが、いかにも都会らしいおもてなしを受け、たいへん楽しい時間でした。

お嬢さんたちを大学まで案内して下さった博士課程の方は、今月から研究のために一年間滞日されておられます。ご親切のお返しをするのがとても楽しみです。

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9月27日 (水)  パンのこと

昨日は、まうかめ堂さんがコメンスメントで出かけた先で買ってきてくださったおみやげを届けに来てくださいました。

おみやげをいただいたあとは、タイ料理店にでかけ、鶏のスープで炊いたごはんにゆでた鶏肉をのせたお皿と、タイ風の甘いソースでいためた米麺のお皿をいただきました。これらは、タイ料理のなかでも屋台や海の家などで気軽にいただくことができる料理です。

お嬢さんの街には、このほか、イーサーン地方というタイ北部の料理をいただくことができる料理店と、イーサーン地方に近接していますが、国の区分としてはラオスにあたる地域の料理をいただくことができる料理店があります。昨年までは、タイの宮廷料理をきちんとこしらえている料理店もあったのですが、もう少し賑やかな街に引っ越してしまいました。

食事のあとは、通りをすこし歩いたところにあるドイツパンの店に立ち寄り、パンを何種類か買って帰りました。

2週間ほど前から、お嬢さんはアーキヴィストの見習いをしているかたほうの研究所におべんとうを持って出かけるようになりました。こちらのほうの研究所には冷蔵庫があるので、おべんとうを食事の時間まで安全に保存することができます。

この2週間ほどのあいだ、お嬢さんのおべんとうの主食はベーグルでした。ベーグルは冷凍保存に強いので、まとめて買ってきたベーグルを個包装のまま冷凍庫にみっしり並べておき、おやすみ前にあすのベーグルを選んで(ベーグルにはおびただしい種類があります)冷凍庫から出しておくと、翌朝には解凍がすんでいます。

クリームチーズを厚く塗り、茄子の油漬けや鮭の薫製をはさんだものを主食に、オリーブや生野菜などを副食にしたものをいただいていたのですが、2週間続いたところで少し飽きがきました。そこで、こんどは趣向を変えてドイツパンを持ってゆくことにしようと思ったのです。

お嬢さんはドイツパンに蜂蜜をつけていただくのが好きです。蜂蜜だけではなにか滋養が足りない気がしますので、胡桃を煎り、形のまま蜂蜜に漬けたものをこしらえました。また、甘味の引き立て役として、青チーズや山羊チーズなどの刺激の強いチーズを持ってゆき、ときどきいっしょにかじってみようと思います。

写真は、コロンビア大学の校内にいたりすです。コロンビア大学は都会にありますので、このりすには通る学生が目をとめていました。

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9月26日 (火)  続・歯のこと

お嬢さんの歯が不穏に痛みはじめたのは先週の木曜日のことで、歯医者さんに診ていただいたのは同じ週の金曜日のことでした。

痛み止めと化膿止めをいただきましたが、その後も状態はあまり変わりませんでした。むしろ、のんびり少しづつ痛みの広さと深さが増してゆくような感じです。

きょうは、金曜日に歯医者さんに診ていただいたおりに予約をしていた日でした。上記の状態であることを先生にお伝えすると、先生は悲しい顔をなさって、これはやはり深刻そうであるが、ちょうど息子がこのような症状の専門家であるので、息子が大学病院での勤務を終えて帰宅する午后に、もう一度来てくれないかなあ、とおっしゃいました。

一度帰宅して昼食と洗濯とアイロンをすませ、おやつ時ほどの時間にもう一度歯医者さんに伺うと、先生の息子さんである若先生がおられました。

若先生の説明によれば、この状態では歯を抜いたほうがよいのだけれども、症状の原因になっている埋もれ歯を抜くことには、

1、歯の下を通っている神経に触れてしまうと、脣や舌になにか症状が起きてしまうリスクがあること。

2、いま生えている歯の直下にあたる歯(大きな歯です)を抜く際、もしかしたらいま生えている歯も抜く必要が出てくるか、結果として抜けてしまうリスクがあること。「共倒れ」しかねない歯は2本の奥歯で、その2本を失うことはたいへんもったいないこと。

3、このような状態の歯を抜くのには少し大がかりな麻酔と少し時間がかかる手当てが必要になるのだけれど、お嬢さんの体調や既往症などから、麻酔の管理がふつうの人よりたいへんであること。

という、大きな3つの困難さがあるということでした。ですが、歯をこのままにしておけば、いつかまた同じ症状がおきることになります。

上記の1、と2、のリスクについては、あごの骨や歯の状態をもうすこし詳しく、かつ立体的に知っておくことで、リスクをより詳細に知ることができます。そのようなわけで、若先生に紹介状を書いていただき、お嬢さんは来週、大きな病院に出かけることになりました。

歯の中にある神経が痛んでいるわけではないので、食事に苦労することはあまりありません。歯に響くぱりぱりとした果物やナッツなどをいただくのを控えれば、だいたいの食事はふつうにいただくことができます。

写真は、ニューイングランド式クラムチャウダーです。だんだん秋になってきましたので、このようなものをこしらえておけば、歯が痛くても滋養をとることができます。

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9月25日 (月)  コメンスメントのこと

まうかめ堂さんは、母校でコメンスメントに参加するため、きのうからきょうにかけて遠出をしておられました。

写真は、アメリカのメリーランド大学におけるコメンスメントの様子です。椅子にかけておられるのは教授たちで、赤地に黒の線の入ったガウンを着て整列しているのは学生たちです。

学生のガウンの色はメリーランド大学の伝統色でみな同じですが、教授たちは、それぞれの学位取得大学の伝統色のガウンを着ています。まんなかあたりにみられる薄い水色は、おそらくハーバード大学の人文科学科の色ではなかったかと思います。

メリーランド大学は大きな大学なので、コメンスメントも専攻科ごとに行われます。お嬢さん一行が参加したのは教育学部のコメンスメントで、はじめに永年勤続のスタッフの表彰が行われたあと(30年間カウンセラー室に勤務しておられたというおばあさんが、金色のガウンを着て盛大に表彰されていました)、学士学位から博士学位までのディプロマの授与がありました。

コメンスメントの開催前や入退場には、大学の管弦楽部による奏楽がありました。

いわゆる「大学祝典序曲」や「トランペットボランタリー」が、いかにもふさわしい場面で演奏されるいっぽう、いわゆる「つなぎ」の時間帯には、「四季」の夏と冬だけ、「新世界」の終楽章だけ、チャイコフスキーのピアノ協奏曲の終楽章だけ、など、謎の選曲による演奏が行われていました。

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9月24日 (日)  熊のこと

お嬢さんは、週に一度、郷里に近況報告と安否確認の電話をします。祖父母がだんだん年をとってきたので、お嬢さんとしてはもう少し頻度を上げたいのですが、あまりたくさん電話をすると祖母から苦情があります。

過日電話をすると、夕食のあと庭で夕涼みをしていたという祖母が息を切らせて電話に出ました。

小さいさんの近況や猫の山里の話をしていると、そういえばきょう、猫の山里の人がきて、茸といっしょに熊の肉を置いて行った、と祖母が申しました。

今年は熊が多く、山里が共同で駆除資金を出して熊狩りをお願いしたところ、一か月で六頭の熊が狩られたのだそうです。熊一頭であれば、狩人と依頼者のあいだでいろいろな分配が終わってしまうのですが、今回は頭数が多かったので、山里のみんなに少しづつ肉が分配されたのだということでした。

熊の肉は、煮込むと黒色を帯び、特有の匂いのする脂が大量に溶け出します。肉はたいへん固く、おいしいものではありません。そのようなわけで、肉はお嬢さんが帰郷する時まで冷凍しておくので、帰郷したら全部食べてもよい、と祖母は電話で申しました。

写真は、猫の山里で飼われている犬です。この犬は、むかしは熊狩りの供として山に入っていましたが、もう年をとってしまったのでつないで飼われています。
 

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9月22日 (金)  歯のこと

年末年始にかけて治療をしていただいた虫歯の部分が、昨日からなにか不穏に痛みはじめたので、きょうはお仕事を早めに切り上げさせていただき、予約をしておいた歯医者さんにでかけてきました。

じつは、お嬢さんは顎の骨格がたいへんちいさく、いわゆる「糸きり歯」の次に来るべき歯が上下とも生えていません。

生えていないのには二種類の理由があり、ひとつはその歯が作られなかったため、もうひとつはその歯が生えてくる隙間がないためです。後者の、生えてくる隙間がなく悶々としている歯は上の右側と下の左側にあり、昨年から今年にかけて治療していただいた歯は、まさに下の左側にあたりました。

年末年始の治療では、虫歯がすこし進んでいたため、歯の神経をとり、よく消毒をしてから詰め物をしていただきました。ですので、歯そのものには、もう痛みは発生しないことになっています。

それでも痛むのはどうしてでしょうか、とお医者さんに見ていただいたところ、歯肉や歯のすきまに、原因となりそうな症状は見あたりませんでした。

ですが、細い棒のようなもので、歯の周辺をこんこん叩いていたところ、歯のついている下顎のある箇所にきたところで強い不穏な痛みがありました。

お医者さんはたいへん深刻な表情をなさって、この痛みは生えていない歯から来るものである可能性が高いでしょうとおっしゃいました。この歯の治療はたいへん難しく、もしかしたら大きな病院に出かけてもらうことになるかもしれません、とのことです。

とりあえず、抗生物質と鎮痛剤をいただいて連休を乗り切ることにし、来週にもう少し詳しく状態をみて、方針を決めることになりました。歯の不穏な痛みは困ったことですが、診て下さった歯医者さんとは10年来のおつき合いですし、もし大きな病院に出かけることになっても、そこにも通ったことがありますので、不安なことはありません。

写真は、郷里の庭の朝顔です。この朝顔は天青という種類で、この種類のこの青色は祖母がたいへん気に入っている色です。

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9月20日 (水)  ヲーギャウのこと

お嬢さんが夏の帰郷から戻って一月がたちました。

帰郷のおりには、郷里ではなかなか手に入れることが難しい外国の食べ物をおみやげとして送っておきます。郷里ではお嬢さんが家事をしますので、それらはお嬢さんが調理をして、家族みんなでいただきます。

この夏、お嬢さんが帰郷に先立って送った荷物には、ヲーギャウの缶詰が3缶入っていました。

ヲーギャウとは漢字で愛玉とも書きますが、台湾南部を原産とする寒天質の食べ物です。ヲーギャウの実というものが山に自生しており、乾燥させた実を砕いて水中で撹拌すると、なんらかの成分が水に溶け出し、やがて寒天のように固まるのだそうです。

缶詰として市販されているヲーギャウには、うすい甘味とレモンの香味がつけてあります。いただく時には冷蔵庫でよく冷やし、一口大の角形もしくは切片に切り分け、小鉢などに氷と共に取り分けます。甘味が足りなければ蜜などで適宜補いますが、たいていはこの甘さでじゅうぶんです。

また、缶詰のヲーギャウは少し固めに作られていますので、鍋にあけて適量の水を加えて火にかけ、いちど液状にしてから再凝固させてもおいしくいただくことができます。試してみましたところ、缶の容積の同量の水を加えても、やわらかくおいしいヲーギャウができました。

ヲーギャウの缶詰の容量は、なんといいますか、大サイズの桃缶よりすこし大きいぐらいです。うまく再凝固させると、缶ひとつにつきバット一つほどのヲーギャウをこしらえることができますので、お嬢さんの家では3缶のヲーギャウでじゅうぶん夏を越すことができました。

お嬢さんの好む外国の食べ物は、東京でひとりでいただいてもおいしいものですが、家族でいただくといっそうおいしいように思われます。ヲーギャウは糖分が少なくさっぱりしているので、食事に制限を受けている家族でも、みんなで楽しむことができました。

写真は郷里の猫です。背景のサッシの位置から察せられるように、猫が横になっているのは箪笥の上です。

眠っているかと思ってカメラを向けたところ、たいへん深いことをしめしめと考えているような顔をしていました。

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9月19日 (火)  続・映画のこと

きょうは、まうかめ堂さんといっしょに映画館にでかけてインド映画を見てきました。

でかけたのは東京の小さな映画館ですが、この映画館では、先月下旬から今月中旬にかけて4本のインド映画が連続上映されています。

このうち2本は初上映のもので、2本は以前に上映されたことがあるものです。まうかめ堂さんと談じた結果、初上映のもの2本はまず見ることにし、上映されたことのある2本についても、もう一度見たい1本については再び映画館に足を運びましょうということになり、計3度、映画館に出かけていたしだいでした。

(なお、今回初上映された2本の映画のうち、1本は今世紀になってから撮影されたものですが、もう1本はいまから12年前に撮影されたものです。もう6、7年前になりますが、東京ではインド映画がたいそう流行した夏がありました。初上映の映画のうち撮影年代の古いほうは、流行のきっかけとなった映画で主演であった男女を同じく主演にしておりましたので、この映画は、いわゆる流行を持続させるための2本目として輸入され、字幕が附されていたフィルムだったのではないかと思われます)

週に1回、3回通ったことで、まうかめ堂さんと見ることにしていたインド映画はすべて観賞を終わりましたが、これによって、お嬢さんはこれまで累計で6本のインド映画を見たことになります。

このうち、もっとも古い撮影年は1994年、もっとも新しい撮影年は2003年です。

1990年代中ごろに撮影された映画では、移動手段は多くが牛車や馬車で、まれにトラクターやジープが、主に悪役側の乗り物として用いられていました。馬車と自動車のカーチェイスなどもあったように思われます(このシーンでは、道が途切れた箇所を馬車が大跳躍する結末が待っており、客席から大きな拍手が起きていました)。

1990年代の終わりに撮影された映画になると、主役も悪役側も、ともに自動車やトラックを乗り物として用いるようになっていました。主役の乗る1台の自動車を、悪役側が複数の自動車で追うシーンが見られるようになり、すこし昔の日本の刑事ドラマのようなカースタントが見せ場になっています。

今世紀になってから撮影された映画では、携帯電話や海外渡航がふつうに描かれています。すこし前の作品では、宗教の問題や共同体生活の問題とされていた悪役の「悪」の原因や悪役の退治法も、ここでは精神医学の問題として解決がはかられていました(ですが、最新の映画でも、真の原因はやはり超合理的なものであったのですが)。

豊かに寄り道をしながらのんびり展開するお話と、ときどき挿入される華麗な歌舞のシーンは、やはりインド映画であると思います。おかげさまで、よい夏の送りとなりました。

インド映画については、まうかめ堂さんもいずれなにか書いて下さる予定であるようです。

写真は、郷里の近所の方が持ってきて下さった苦瓜です。お盆のごちそうを盛るのに、物置から大皿を出してそのままにしてあったものにのせて撮りました。

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9月18日 (月)  棗のこと

少し前までは、梨や西瓜をしぼって果汁をいただいていたのですが、西瓜は季節がおわってしまい、梨も送られてきたものをいただいてしまい、お嬢さんの手許には、今のところしぼる果物がなくなってしまいました。

ですが、食卓に甘味がないのはなんだかもの淋しいので、最近は漢方の乾物に甘味を加えて煮だしたものを冷やしていただいています。

お嬢さんの手許には、銀耳と煮ていただいていた龍眼と紅棗がまだまだ残っています。きょうは紅棗を煮てみました。

紅棗は、完全に乾燥したものではなく少しやわらかさが残ったものを用います。料理鋏で種をさけていくつかに切り、種といっしょに煎じ鍋に入れ、水と氷糖を加えて火にかけます。お嬢さんのところの煎じ鍋の容量は800ccほどですが、棗は10ほど使ってみました。

湯が沸いたら、火を弱めて30分ほどかけておきます。メープルシロップほどの色が出たら火を止め、冷めるまで置いてからジャーに移し、冷やしていただきます。

棗の煮出液には、滋養成分のほか、眠りを深くしたり、気分を落ち着かせたりする作用があるのだそうです。のんびりした甘味と、なんといいますか、茸山の土のようなもたりとした風味があります。

お嬢さんはこの風味がそのままでもとても好きですが、風味の調製に生姜を入れたり、滋養強化のために人参を入れたりする場合もあるようです。

きょうは、このほか、求めておいてずっと使う機会のなかった金針花を炒めていただきました。これは夏に咲く花の蕾を乾燥させたもので、やはり、心身を落ち着かせて眠りを深くする作用があります。

写真は、郷里に届けられていた桃です。

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9月14日 (木)  拾い親のこと

アーキヴィストの見習いをしている研究所で午後のお茶をしているおり、赤ちゃんの歯はいつから出てくるのかという話になりました。

研究所のスタッフや、研究所に来て下さる方々のあいだに、このごろ赤ちゃん誕生の話をよく聴くためでしょう。

祖母や母にたずねてみたところ、お嬢さんは6か月のころ、下の前歯が生えてきたそうです。

お嬢さんが生まれた山里には、生後6か月前に歯が生える赤ちゃんには「六月歯」と呼ばれる獰猛な性格があり、そのような赤ちゃんは生んでくれた親を喰うものであるという俗説がありました。

そのような赤ちゃんを育てるためには、いちど赤ちゃんを「捨てる」という行為をし、形式的に縁をリセットしたあと、「拾う」という行為によってもういちど縁をつなぎ直せばよいとされていました。

捨てることも拾うことも「お約束」として行われるため、捨てる場所や拾ってくれる人はあらかじめ決めておきます。捨てる場所は、大きな道の道ばたや橋のたもとなど、いかにも捨て子が置かれていそうなところがよいとされ、お嬢さんは橋のたもとに捨てられることが決められました。

お嬢さんの拾い役には、橋のたもとに住むおばあさんが決められました。

その日、祖母は、根竹で編んだまるい籠に入れたお嬢さんを橋のたもとに置くと、すこし姿を隠し、拾い役のおばあさんがお嬢さんをたしかに確保したことを見届けて家に戻って待っておりました。

拾い役のおばあさんは、役割通り、お嬢さんを籠ごとお嬢さんの家に届け、お嬢さんの家では、これはこれは、うちでこの子を育てることにいたしましょうという定まった台詞を家族が唱え、お礼のごちそうをふるまって儀礼は終わります。

そのようなわけで、お嬢さんは一度捨てられ、また拾われて現在に至っています。

お嬢さんを拾って下さった方は、「拾い親」として、お嬢さんの婚礼には村親戚と並んで招待されることになっていましたが、年をとって亡くなってしまいました。

また、お嬢さんの生まれた里でも、このような儀礼はきっともうすたれているのだと思います。

写真は、墓参りで訪れた母の里です。

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