Diary 2006. 2
メニューに戻る
2月28日 (火)  いってきますのこと

いまは2月28日の朝早い時間です。

これから身じたくをして、空港行きの電車にのり、アメリカにでかけてきます。

きのう、旅行の最終確認をしたところ、行きの飛行機のきっぷが二重予約になっていて、別の飛行機に乗らなければならいことがわかりました。

そのかわり、飛行機の便が変更になったおわびとして、飛行機の座席がひとつ上のクラスに変更になりました。うれしいのかたいへんなのかわかりません。

ちゃんと帰ってきたら、写真やお話をたくさん紹介できると思います。

さいごに、個人的なれんらくを。
おたんじょうびおめでとうございます。

写真は、いとこの友人手作りのモビールです。

20060228-1.jpg



2月21日 (火)  エクレアの良さのこと

アメリカに出かけるまで、あと1週間になりました。

出かけるまでに済ませておかなければならないこと、および、出かけるためにまだ準備しなければならないことが輻輳して、お嬢さんは心身ともに過熱しています。

このような状態のときには代謝がよくなるのだと思うのですが、このごろお嬢さんはよくたべます。先週は、ローストビーフを2枚、ごはんを1皿、魚介類のサラダをシェアして1皿、ベリーの乗ったバニラアイス1皿をいただいたあと、就寝前にプレッツェルに手を出してしまいました。

また先週は、東京駅の近くのカフェで売られているエクレアを見て辛抱堪らなくなり、3つ求めて2つをその日のうちにむしゃむしゃしてしまいました。

エクレアとシュークリームはともに似たような甘味物ですが、もし、両者がともにあったら、お嬢さんはどちらかといえばエクレアを選びます。

この仮定をまうかめ堂さんにお話したところ、まうかめ堂さんは、「それは、より甘いほうを選んだのではないですか」とおっしゃいました。たしかに、エクレアの背の部分には、生寿司に塗る「つめ(煮切り醤油)」のようなものが厚く掛けてあります。

そんな単純な理由なのだろうかと自問していたのですが、さきほど得心する答えが浮かびました。エクレアでも、中がコーヒー味のものをお嬢さんは好みます。シュークリームの中身がカスタードクリーム一色であるのに対して、エクレアの中身はある程度多様です。そのせいなのだと思います。

写真は、ある日の買い物袋です。日本製の食品があまりないのですが、これは輸入食品店からの帰りで、ふだんはこれほど極端になることはありません。最近は買い物袋を持つようになりました。

20060221-1.jpg



2月17日 (金)  国際電話のこと

きょうは、午後から新聞社のお仕事に出かける予定であったのですが、少しく気分がよくなく、家におりました。

体調のせいというのもありますが、アメリカに電話をかけて、コロンビア大学の担当の方と、いろいろなことを直接お話しなくてはならないということを考えると、おなかやら頭やらが重くなってきてしまうのです。

いろいろなこと、の中でも、発表内容はどのようなものであるべきでしょうか、とか、会場になっている国際関係棟のとなりの東アジア図書館の見学は可能でしょうか、というようなことがらは、少しは楽しくお話ができるかもしれません。

ですが、この代金はどちらの負担になりますか、とか、この部分の時間配分は以前にお伝えいただいたものと違うので、今になっては変更が不可能です、こちらは教えていただいた通りの時間で進行をしますので、そのように心得ておいてくださいませ、などといった、相手に譲歩や負担の確認を求めるようなことがらを相手に伝えることは、お嬢さんにとってたいへん苦手です。

これは、相手が日本人であっても同様です。といいますか、日本人に対してできないふるまいが、日本人以外に対してはできる、ということは、お嬢さんの場合ありえません。

どなたか、おおまかなことはボディランゲージで済ませ、最低限の語彙だけで情況を理解して下さる、ひかえめなアメリカの方はいらっしゃいませんでしょうか。

と、こうして書いていても情況は好転しませんので、あちらが週末に入ってしまう前、つまりきょう、えいやっと電話をしてしまおうと思います。

写真は、ハーバード大学の近所のB&Bのあさごはんです。

20060217-1.jpg



2月15日 (水)  マンハッタンのこと

きょうの朝、朝食のためにパン(すこし前の日記に書いた、あとは焼くだけになっている半生のパン)をあぶり、キャンベルスープをお鍋にあけてあたためようとしたところ、ぼんやりしていたためか、スープ缶のとなりにあったトマト缶を手にとり、ぱこんと開けてしまいました。

トマト缶にラップをして冷蔵庫にしまったあと、開けるはずであったキャンベルスープを開けて、とりあえず朝ごはんを済ませました。ですが、開けてしまったトマト缶を使った料理を早く考えてこしらえなければなりません。

そのようなわけで、きょうは加熱用の牡蠣とベーコンを買って帰り、マンハッタン風クラムチャウダーをこしらえることにしました。

材料は、にんじん、じゃがいも、たまねぎ、ベーコン、牡蠣(他の貝でもかまいません)、トマト缶です。野菜は家に揃っていたので、ベーコンと牡蠣を揃えました。

野菜はすべて薄く切り、多めのバターとベーコンといっしょによくいためます。このときに多めの塩をしておくと、野菜の味がよく出ます。

野菜とベーコンからよい香りがしてきて、全体にやわらかく油がまわってきたら中身を鍋にうつし、フライパンにも湯を加えてのこった汁気をうつします。そこに、ボウルにあけて芯を摘んでおいたトマト缶を加え、煮立てます。

野菜とベーコンが煮立っているところに、かるく振り洗いをした牡蠣を加え、また少し煮込みます。野菜をいためる時に多めの塩をしてありますので、調味は特に必要ありません。いただく時には、クラッカーや粉チーズを加えます。

クラムチャウダーには、トマト味に仕立てるマンハッタン風と、牛乳を加えるニューイングランド風があります。マンハッタン風は外でいただいたことはありましたが、こしらえてみるのは初めてでした。貝の風味とトマトの風味がよくあって、たいへんおいしくなりました。

写真は、皿に盛り付けられたロブスターです。はさみにひびが入っているのは、食べやすくするためにお店の方が入れたものです。このようなスタイルのロブスターですが、みな、頭には手をつけずに殻入れに放り込んでしまうのが不思議でなりませんでした。

20060215-1.jpg



2月14日 (火)  ニューヨークのこと

こんどでかけるコロンビア大学は、ニューヨーク市の中でも、両側を川にはさまれたマンハッタン地区というところにあります。

マンハッタン地区は細長い形をしており、まん中にセントラルパーク(まさに中央公園)があります。セントラルパークからは、南と北に大きな道(まさにブロードウェイ)が延びており、その道を区切りにして、東側がイーストサイド、西側がウエストサイドと呼ばれます。

また、マンハッタン地区は、北(上)からおおまかに、アッパー、ミッド、ロウワーに区分されます。ですので、縦の区分と横の区分とを組み合わせると、マンハッタン地区はおおまかに六つに区分されることになります。

コロンビア大学は、上記の区分でいえばアッパーウエスト(北のほうで西のほう)にあります。メトロポリタン美術館やオペラハウスは公園に接したミッドイースト(中のほうで東のほう)にあり、かつての貿易センターや自由の女神は南の端にあります。

ニューヨークでの滞在はごく短いので、足をのばせる場所はミッドまで、もしかしたらセントラルパーク周辺までになってしまうかもしれません。

むかし、お嬢さんがまだ大学院のひなひなだったころ、ハーバード大学での勉強を終えて帰ってきた先輩格の研究者から、アメリカのお話を聞かせていただいたことがあります。

世界貿易センターには「世界の窓」というレストランがあって、そこにはまさにいろいろな国の人々が働いていて、いろいろなめずらしい料理がいただけること、いわゆる観光地だけれど、貿易センターから見る景色はとてもきれいなことなどを教えていただいてから、ニューヨークには機会があれば行きたいものだと思っていました。

思いがけない機会からニューヨークに行けることになったのですが、でも、貿易センターはもうありません。

写真は、ハーバード大学の寮です。この寮は大学の敷地のはずれにあり、主に大学院の方々がくらしておられるそうです。

20060214-1.jpg



2月13日 (月)  よい香りのこと

お嬢さんのすきなことのひとつは、よい香りのものを集めてきて楽しむことです。

コロンであったり、香油であったり、薫香であったり、食べて楽しむものであったりと形態はさまざまですが、よい香りには緊張や昂奮を取り除いて心を落ち着かせる効果があるように思われます。

昨日は、香油を良質の植物油で希釈したものがちいさなボトルに入っているものを求めてきました。洗い髪にごく薄く付けて髪を守ったり、手足の乾燥を防いだり、多用途に効能があるものです。

いくつかの香りをためしてみて、昨日はゼラニウムの香油のものを求めてきました。ゼラニウムは生ですと少し強い香りがありますが、精油にすると乾いたばらの花弁のような香りになります。手首に1たらしして両手首をすりあわせ、深く呼吸を落ち着かせて眠りました。

好みによりますが、落ち着きたいときにはばらの花のような香りが、気分を切り替えたいときにはオレンジのような香りがよいようです。

写真は、ハーバード大学の図書館の横のあたりに建っている中国の石像です。これは「贔屓(ひいき)」という生き物で、神話においては龍の一種とされ、重いものを背負う役割を持つのだそうです。

20060213-1.jpg



2月12日 (日)  続・テリブルのこと

数日前の日記で書いたテリブルな事態は、すこし解決したり、すこし解決しなかったり、いろいろです。

まず、これからの連絡をお願いしたい、というメールを送ってこられた先生に何としても直接連絡をとるべく、努力してみました。
昨日の夜、やっと電話での連絡がつき、先生とお話をすることができました。たいへんお忙しいような、疲労したようなむっとした口調で、先方との連絡のとりかたを一方的にお知らせいただくと電話は切れてしまい、それで連絡はおしまいです。

それでも、先方との連絡は日本語のメールで大丈夫であること、添付ファイルもおそらく開くであろうこと、先方は週末には郊外の自宅にお戻りになってしまうので、レスポンスに時間がかかる可能性があること、はわかりました。しかし、以後のお手伝いはして下さらないであろうこともわかりました。

思うところができましたので、こんどは、お嬢さんがお付きとして付いて行く当人の先生に電話をいたしました。なるべく落ち着いた口調を心掛けて、ボストンはともかく、ニューヨークでのサポートには自信がないこと、ニューヨークでのブラウンバッグレクチャーの仲介をして下さった日本の先生の態度には疑問を呈すること、を申し上げ、あちらも忙しいのだから、と言いかけた先生を遮って、この時期が忙しいのは以前から予期されていたはずです、ボストンで準備をして下さっている方はもっとお忙しいはずですが、とお伝えして電話を切りました。
たぶんよいのです、これで。

先生からは、おってすぐ電話がありました。お嬢さんがふだんではない態度でいることに驚いておられる様子です。話者ではありませんし、飛行機のチケット代も大学が出すのでしょうから、同行しなくても先生にご損は出ないと思いますので、もはや同行はいたしかねますと申し上げたところ、それでは困る、と先生はおっしゃいます。ですが、電話で押し問答をしても埒があきませんので、あす、先生のご自宅にお伺いして話し合いをすることになりました。

それでも、お嬢さんの度胸は数日前より、なんといいますか青白く澄んでいます。うまく表現できませんが、ああ、またですか、のような心持ちでしょうか。

写真は、昨年ボストンでお世話になったB&Bの食堂です。


20060212-1.jpg



2月11日 (土)  パンのこと

きょうは、まうかめ堂さんに頼まれたコーヒー豆を買いに、街の公園のはずれにあるコーヒー豆屋さんにでかけました。

このコーヒー豆屋さんは、むかしはコーヒー豆を売りながら、じょうずにいれたコーヒーをお店で出しておられました。お店のご夫妻が年をとったということで、現在では豆を売るだけになっています。喫茶室であった場所は、現在はコーヒーに関する道具や写真をおいた小さな博物館になっており、豆をつめていただく間、自由に見てまわることができます。

このコーヒー豆屋さんは、お嬢さんが散歩の途中でたまたま見つけました。ある時まうかめ堂さんを案内したところ、これはたいへんにおいしいということで、爾来、ときどきコーヒー豆を差し上げています。きょうはエチオピア産の豆を200グラム求めました。

コーヒー豆を包んでいただいたあとは、少し歩いて、外国製の家電製品や雑貨などをあつかっている小さな店に立ち寄りました。ちょうど切らしていた特大のペーパータオルとドイツ製の食器用洗剤を求めたあと(このお店は外国製品がお安いのです)、なんとなく気になっていたフランスパンのパックを求めてみました。これは、もう焼くだけの状態にしたフランスパンの生地がパックに入っているもので、オーブンでよい色になるまで焼けば、まさに焼き立てになります、というふれこみのものです。

帰宅してためしに焼いてみたところ、少し塩味の強めの、もっしりとしたたいへんおいしいパンでした。フランスパンは祖母が好物にしているのですが、郷里にはなかなか焼き立てを扱うお店がありません。おりを見て送ろうと思います。

写真は、地下鉄レッドラインのハーバード駅のホームです。

20060211-1.jpg



2月10日 (金)  離合集散のこと

きょうは、アーキヴィストの見習いをさせていただいている研究室が主催する研究会がありました。

きょう、話者として来てくださったのは、戦後の日本における政党の軌跡と役割を研究してこられた先生です。

うろおぼえでまとめますと、戦後の政党、というくくりは確かに存在しますが、その中の人々の考え方や持っているネットワークは、戦争の前と後で決して途切れていないこと、と、政党を研究したり論じたりする上では、分裂や脱党という側面も大切だけれども、再合同や「とりこみ」に見られるその理由や「許容」の範囲に目を向けるとよりおもしろい、ということです。

研究会のあとは、先生方にまぜていただき、おでんとうどんをいただきました。大きなはんぺんを先生と分けていただきながら、(うまく言葉にするのがむずかしいですが)「素封家のノブルス・オブリージュ」という概念で政治を論ずることが可能かどうか、や、いわゆる左/中/右というのは、考え方のまとまりなのか相対的なまとまりなのか、などについて談義をしました。

また、研究会には、お嬢さんの大学院時代の指導教官であった先生の先生にあたる方もおいでになりました。お嬢さんの大学院時代の指導教官は、お嬢さんが論文を書きはじめてすぐ、すこし入院したあと亡くなってしまいましたので、そのあとの授業の面倒を少しのあいだ見ていただいた先生です。大病をわずらっておられたとのことでしたが、お元気そうで何よりでした。

写真は家の猫です。数日前の日記に掲載した、雪の上を歩いている猫と同じ猫ですが、撮り方によってこんなに表情が違うものだなあと驚きました。

20060210-1.jpg



2月9日 (木)  テリブル、のこと

とてもたいへんなことになりました。
これまで、コロンビア大学の研究所におられるブラウンバッグレクチャー担当の先生とのやりとりをして下さっていた日本の先生が、大学の試験やご自身のお仕事の多忙のため、それらのやりとりをこれからはお嬢さんにお任せしたい、と、突然仰ってこられました。

その日本の先生とは、これまで一度もお会いしたことはありません。また、やりとりをして下さっている先生だからというのでお送りしたグリーティングカードや賀状や、たいへん急ぐ用件ができて転送をお願いしたメールにも、お返事が返ってきたことは一度もありませんでした。率直に申し上げてお嬢さんはたいへん立腹しておりますが、それでも、事態は打開しなければなりません。

コロンビア大学でブラウンバッグレクチャーの準備をして下さっている先生は日本語と韓国語をお使いになりますが、メーラーもしくはパソコンの表示がそれらの言語に対応していない場合、メールをお送りしても表示されない可能性があります。

アメリカの勤務時間にあわせてファクスを送ることは、こちらにとってたいへんな寝不足を来しますし、送信する手間や費用もたいへんですので、できれば避けたいところです。

たいへん悩んだ末、きょうはとりあえず、「これからはわたしが応対をさせていただきます」、「お使いのパソコンは日本語表示に対応しておられますか?」、「ブラウンバッグレクチャーでスライドショーを行うことは可能ですか?」、「そのためのラップトップとスクリーンを準備していただけますか?」というような内容を、非常にあやしげな英文で表記したメールを送信しました。
すこし待ってお返事が返ってこなければファクスをし、それでもお返事がこなければ電話をしてみなければなりません。

写真は、ハーバード大学の周辺の風景です。国際関係棟という建物を建てるために、当時はたくさんのトラックが大学のまわりを走っていました。こんどの講演は、新しくできあがった国際関係棟で行われます。

20060209-1.jpg



| 1 | 2 |
2006/2
SuMoTuWeThFrSa
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728    

前月     翌月